2011年12月1日木曜日

iPhone



携帯を買い換えました
3GSに比べるとカメラの解像度が格段に上がりました
また全面にもカメラがありこれもなにか面白い方向に使えそうです

2011年11月30日水曜日

自分の文章なんて文学には程遠いな
所謂ドキュメントととってもらえれば幸いなのですが
最近物語の片鱗はポツポツ湧いていますが
どれも形にするには小さくて
未だ長文にはできません

テーマはだいたい女性像が主でこんな形の女性があったら
で本当に遠からず存在するのです
我々は今までにない形の恋愛をこれから受け入れなくては生き残れません
そういった意味でも一番自覚が足りないのは自分なのかなぁと思います
実際自分の中で女性像は完結しています
しかしその先があるのです
一体これからどんな出会いが待ち受けているのでしょうか
出来れば満場一致で始まるような恋が(無理?)

2011年11月23日水曜日

ふらふらっと

郊外にふらふらっと車で出かけて大型のディスカウントストアを眺める
そういえば昔はゲームはここでも買うことがあったなぁ
一番自分が印象に残っていたのはサターンやプレイステーションのカクカクのポリゴン時代で
あの安っぽさとアーケードのギャップがたまらんかったのですよ
実質同人で作れる最後のハードとなったプレイステーション
あれ以来開発環境は提供されていても作りやすさとゲーム会社との遜色のなさは埋められません

転機はやはりファイナルファンタジーだと思いますね
プレイステーションを勝ち馬にしたのは置いといて
ゲームにあれだけのお金と人材を投入したのは初めて見ました

結果は
ご存知のとおりだと思います

やっぱり庶民感覚というものは重要で人肌の感覚に近いものがあると思うのです
いいものを創るのはやはり少人数がいいから
これからどういったハードが出てくるのかいろいろな方面で注目ですね

2011年11月20日日曜日

最近買った玩具



小型のミキサーを買いました
テレビやYouTubeの音とギターの音をミックスする為です
こうやって考えると音のバランスはすごく重要
いい音でも他の音とのバランスが悪ければ雑音になってしまいます
まぁこれは自分たち人間にも言えることでしょう

一言余計でしたね。。。

2011年11月16日水曜日

日常の悲鳴

最近ここだけの話
精力減退気味
親からマカを勧められてるけれどこれって精力剤?

3月から新しい学校に行きたいけれど
夢と現実の狭間で苦しむ
趣味は趣味で取っておいていいんだけれどね
けれど人生でここまで悔いが残るのはなぁ

睡眠時間を伸ばしたせいか
夢を見る時間が増えた
内容はどうも過去の現実を際どくした感じで
特に受験の頃を引きずっている
もう少し勉強やっとけば

一番の悩みは人間関係
家に帰れば外の人間関係なんてどうでも良くなるくらい
回復するのに
最近、家の中でも少しゴタゴタしている
俺に少しでも甲斐性があったら彼女でも連れて食事でもするのになぁ

主な自分の日課はブログの管理だが
ここに来てYouTubeで動画を眺めてる時間が多いような気がする
しかも90年代の音楽とK-POP
やはりブログの読者の反応は気になるし人気も少しづつ上がって欲しい
なんだか現実逃避みたいで少し減退気味。

まぁネガティブだけれど少し多めに見てください

2011年11月15日火曜日

SNS

かれこれいろいろなソーシャルネットワーキングサービスを歩き渡り
率直な感想はどれも自分にはそこまで必要ないのかも
かれこれ2chに足を突っ込んだ歴が長く
ここでしか言えない本音のようなものに飢えてしまいました
だからFacebookもTwitterも少し物足りない

現実では確かに出会えないような人間たちと交流できるような気がします
しかし
結局は出会い系ですよ
と現実でボスッと言われたことに
なるほど
と妙に勘ぐってしまう自分がいます

どんな場所においても出会いはあります
たとえ寝たきりになっても
誰かが呼ぶなら僕はそこへ駆けつけていくでしょう
そして恋愛もいついかなる時でもできるものだということも

しかし不謹慎ですがこうも思うのです
出会いとナンパも紙一重だよなぁ。

2011年11月14日月曜日

モーターショー

東京モーターショーがもうすぐ始まります
自分なりに解釈を
ホンダが一番にッチな商品を開発するのが得意だと思ってます

もっと突き抜けるようなメーカーもいい
電気自動車が主戦場になり異業種からの参入は必死で
これから自動車はもっと面白くなると思うのです
ビッグ3からスモール100

全自動の車なんて開発していたら面白いですね
スイッチを入れてナビに目的地を入れれば法定速度を守り自動的につく

あと燃料が水なんて車も面白いかも
水を自前で電気分解してモーターで走る

当分はハイブリッドと電気、ガソリンを改良した車の争いになるでしょう
特に電気は部品点数が少なく
中小には参入のチャンスが沢山ありますのであとはインフラと高性能なモーターとバッテリーの開発ですね
モーターショーでは特に新規参入の動向に注目したいと思います。

2011年11月13日日曜日

カウンター

横においているカウンターとグラフ
実は自分なりに結構解釈しています

心電図のように反応がなければ
多分興味をそそられる話題ではなかったんだろうなと
数字を気にしていると結構シビアです

頭使ったのにこれだけかと悩む日もあります

面白いということは自分共通の概念化と一時期勘違いしてた時期がありまして
迷惑顧みず変なことを量産している時期もありました

要は等身大ですね
無理に背伸びをせず自分の中で咀嚼ができ消化できる

まぁブログの視聴率など取るに足らない微々たるものだと思い
今日も邁進します。

2011年11月12日土曜日

僕らの音楽

音楽を作るのをやめてもう暫く
ギターにすら触る気力すらありません

知り合いに触らせてもらったマーチンのアコギがサイズといい音といいすごく良かった
また音楽を始めるとなると
PC一式とDAWソフトを揃えなければいけない
でも音楽ってもっとアナログで人の耳に身近であってもいいのです

代表的なのが鍵盤とアコギ
伴奏を付けて自分の思いの丈をぶつければいいのです
それだけで歌は出来上がる

しかし、最近テクノロジーテクノロジーが押し寄せて
シーケンサーでかっちり打ち込んだ音楽が主流になりつつあります

どちらも別物だな。。。
思う感想です

皆で練習していっせーのせで合奏する
これも音楽の体系の一つです
ここで提案したいのが音楽はなるべく多人数でやろうということです
皆で一生懸命練習して足りないところはカバーしあう
これこそが音楽の醍醐味かもしれません

世界戦略

最近第三のエコカーを耳にしますね

燃費がリッター30km
低価格

代表的なのがスカイアクティブを搭載したマツダの車
しかし値段が少々ネックかも知れません

もう一つはダイハツが出したミライース
これは軽自動車なのですが80万を切るプライスは魅力的です

そして今度三菱が世界戦略として打ち出したミラージュ
リッターエンジンを搭載して30kmノ燃費を実現を目指しているらしいですが
果たしてどんな車体を使ってるのか興味は尽きないです

燃費のいい車を創るにはやはりエンジンが肝です
アイドリングストップはもちろんEGR、CVT
後車体を極限まで軽くすること
特にミラージュはリッターエンジンを搭載してるだけに
タイヤやボディに相当な仕掛けがないと無理なんじゃないかと勘ぐってしまいます

とは言えハイブリッドはまだ少々高嶺の花です
車種は限られているし構造がシンプルなガソリン車も未だに魅力がある

次回は次世代カーのエネルギーについて考えたいと思います。

2011年11月11日金曜日

Fun

生き方にせよ死に方にせよ何らかのポリシーが各々に宿ると思いますね

ロボットや異星人、果てやクローン人間まで
まるでSFの世界に迷い込んだかのように今の日常はあります

問題は自分の限られたものさしだけで押しなべないこと
全く水と油のような哲学を持っている者同士でも
どこかお互い認め合う美点があるはずです
ないはずがないと思います

僕は一生懸命探す努力をしてみましたがそれだけでは全くの不遜でした
ふと力を抜いてそれらを赦すことでなにか明るい感情が生まれてきます

無論この世はエゴの剥き出しで生きている人間は五萬といますから
そういうものとは直接対峙する必要などないのです

とにかく人間関係が少し面白くなった=人生を楽しめるようになったですから
今は何となく楽しいのかもしれません。

2011年11月9日水曜日

対峙

ブログもなんとか更新しなくてはいけない毎日
でもネタがそこらに転がってはおらず

で、小さいネタでもかき集めて大きなものにできるのかも
そういうわけでちょっと思う雑感をまとめようと思います

最近ははまってるものがなく
打ち込みたいと思ってるのが高校程度の学問
特に数学は重要で化学や物理に繋がる基礎言語だと思うのです

ダイヤやカーボンナノチューブなど気になる素材は何故か炭素が基本です
それは炭素がより他者と融通が効く元素だからでしょう

宇宙が閉じた空間かそれとも限りなく平面に近い開かれた空間か
これにはそれぞれの見方があります
自分はいつかこの宇宙は膨張し続けたとしても限界があると感じています
無限の広さを持つのは親宇宙から子宇宙などのマルチバース構造なのかもしれません

時間はどうやって生まれたのか
これには次元という問題が切っても切れないと思います
常に我々は異次元の生物たちと切磋琢磨していると思います
向こうの次元は未だに中世でしかも生きてない人間が存在していたとしても
こっちの次元では全く関係はありません

時間は次元を紙芝居的にずらすことで発生するものだと現段階では考えてます
それには未来人の証明も必要ですしこの現在ある基礎次元の在り方というものも問われるでしょう

最後に言うのなら未来は開かれているのか
これには半々という答えです
自分の因果というものは恐ろしいもので
過去からや未来からや現在から様々な方面でやって来ます
これらをかいくぐって新しい歴史を作るのは至難の業です
これらにじっくりと時間をかけて対峙できるのなら未来は開かれているといえるでしょう

2011年11月5日土曜日

男の美学

なんだかジェンダー問題に触れるのは恐縮なんですが
ここ最近
女性のことを知れば知るほど自分とは遠い存在になっていくようで
これでは自分を見失いがちになるのは自明のことになっていきそうなのです

じゃあ男として男ってなんだろう
自分なりの意見を考えてみようと思います

まずDNAから違いますねY染色体は全く変化せず男に受け継がれます
多少の磨り減りはあっても同じバトンを次の世代に渡さなければいけない
才能や遺伝の他に
血統を守る義務があります
世襲制度にはいささか疑問がありますが
これはこれで理にかなっているのです

後男は女よりも美しく繊細であれ
これは僕の偏見なのですが美人は男だけで十分だと思うのです
逆に問いたいのが女で美人が増えすぎると美人の基準があやふやになってしまう
男はそこまで女性の顔にこだわりは持ってはいません
しかし、美しくなりたいのは男だって一緒なんです
人間にはお化粧という化ける道具があるのでこのあたりは他の生き物と矛盾するのでしょう

常に戦いの場所に自分を置くべし
平穏な暮らしでも自分を切磋琢磨してくれる人物を置くことです
オギャアと生まれた時から既に母親とのバトルは始まってるのですからね
戦いがさらに自分を美しくしてくれる


ま、簡単にまとめを述べるのなら
美しくあれ
生き方が傍から見ると矛盾してるようでも
美学を持って生きていれば男としての立体感(?)は更に増すでしょう

2011年11月3日木曜日

生き方なんてラララ

いや何が不満なのか
それはイメージと現実の自分のギャップに苦しんでるからですよ
イメージというものは夢とまた異なるものでより身近で且つ実現が最も可能です

イメージといっても
音から映像そして動き多岐にわたります
匂いや味なども自在に出来る人はいますね
これに漠然とした感情を加え予感というものもあります

これは当たり外れが大きいです
予期せぬことの大半はいつも予感が外れた時ですから

ま、要はすることがなく空虚なんですがね。

2011年11月2日水曜日

人口増

地球の将来の問題として人口増、高齢化、食糧難などの問題があります
要は人間が増えすぎて他の生き物が減ってしまったこと

洞察するなら人間にそれだけ生まれ変わりたい生き物が増えたということ
それに対して地球の魂の数は変わらないこと

人間ほど愚かな存在はなかなかいないと思うのですけれど
それでも数は急激に増え続けている
結局宇宙に活路を見出そうとしてもこういう問題はどこに行ってもつきまとうと思うのです

単に生殖欲だけで子供をつくる時代は終わり
自分のこれからのニーズにぴったしのこどもが生まれるとしたら

仮に宇宙が無限の広さを持っていたとしても人間の業の深さに敵うはずがありません
子供をつくることより作った後のほうが大変だということを最近感じています。

2011年11月1日火曜日

妄想

何となく思う妄想
数って整数だけではないんだよな
無理数があったり超越数があったり
果てやマイナスの世界や小数の世界

関数電卓で扱うような数字はとにかく一般人では扱いにくいのかもしれない

色々思うわけですが
自分は物事は難しいことを極力単純にしてゆく作業だと思うので
シンプルかつ奥の深い概念を探しているのです

言葉で言えばこんにちわであったり
数字であったら零であったり

特に英語には日本語にない語彙がたくさんあると思いますね
アイデンティティー、ドイツ語ですがアウフヘーベン
モラル

語彙は読書や筆記を重ねるうちに自然と増えていきます
しかし、それだと段々病に陥ってるような気がします

正直頭を使う概念というのは食傷気味でして
単純にあっと思うこと
難しいですが
おいしいとか綺麗、可愛い
そういう率直な思いを大事にしていきたいです

2011年10月23日日曜日

抽象

多分何かの錯覚かもしれません
街を歩いても家にいても母に囲まれている
この母というのがまた曲者で
そういうふうに感じる人が大勢いるのです

街を歩いても出てくる人の30%はそんな感じ

まぁぶっちゃけ妄想で片付けていいんですが
僕は何人の母親のもとに生まれたのだろう

この難題につい最近答えが出つつあります

江戸時代にあった組織
大奥
御存知の通り今ドラマで創始者江のドラマをやっています
前には最後の姫、天璋院のドラマもやっていたと思います

これってどこかで見たことあるような組織だな
女だらけでしかも春日局まで居るよ

この他にもAKBの公式ライバル乃木坂にも同じような錯覚を覚えます

ま、ぶっちゃけ言うなら江から天璋院までの集大成ってなんだろう
その形があるとしたら。。。
そしてその後にも何かがあるはずだ
母親の力って水のようで
掴めそうで掴めない
抗うのなら波のように連れ去られる
これって海原のようだ
その愛情も深海のように深く自分では推し量れない
なんだか少しコンプレックス気味ですが
いい年してこんな感じだから
未だに彼女もできないんだろうな
ま、気楽でいいんだけれど(爆)

とにかく母親達との距離感を最近模索しています

視聴率

テレビには御存知の通り視聴率があります
これをスポンサーは参考に予算を組むのでしょう

このブログにもカウンターのようなものがあります
これを参考にと言いたいのですが
あまり数字ばかりを気にすると
自分のやりたいこと書きたいことが朧気になります

これってジャーナリズムに通じる心だと思うのですよ
メディアの意思と言うか
スポンサーの意思など知ったことではないのかもしれません

とりあえず文章だけでも退屈しないブログを目指すことですね
極力と言うかほとんどこのブログでは写真を扱いません
原因は疲れなのですが
長く続けるためにはなるべく独自の路線を保っていこうかなと

後は豆に更新できることが出来れば御の字ですね
信頼ってこういうところから生まれてくるもので
不定期で質の高い記事も信頼できますが
いつでも気軽に読めるブログも必要かと
しかし長きにわたるブロガー生活で身も心もスカスカになってしまいました
書くことももう一巡して頭は真っ白

一度最初から何かを見直す時期に入っているのかもしれません

2011年10月19日水曜日

何となく思うことを書いてみようと思います
昔はそう感じたことはなかったのですが
家族との結びつきが最近変わって来ました
というより距離ですね
仕事や仲間、その他の付き合いも大事ですが
まず最初に家族ありきだなと

お爺ちゃんお婆ちゃんもいつまでも生きている年齢ではなくなりました
家庭を持つことを考えているわけではありませんが
安心した姿を最後に見せてあげたいなと

今漠然と家族のあり方を模索しています

大きな家族の中にいるのか
自分の家内だけを含めた家族構成になるのか
どちらになるのかはわかりません

しかし、もうこういうことを念頭に置く時期になったんだなとしみじみ時の流れを感じております

一時期自分が子供を持ったらどんな子供だろうな、
あぁ優秀であってほしいなだとか
あまりいて欲しくないなだとか
複雑な感情が交錯した時期もありました

今思うことは一人で孤独を楽しむより
ある程度の人達に囲まれて大変な思いをしたほうがいい

しかし、そもそも子供を残すことを絶対に考える必要はありません
釈迦もそういう言葉を残しています
そういう人に限って近くに・・・ね

2011年10月17日月曜日

何となく

削って入れてまた削る
これ勉強の掟

肉食系、草食系
君はどっち
あ~ら残念僕はミルク系

ぼちぼちエンジンを掛けていきたいと思います
今日は何となく思うことです
不便でもないましてやどうするわけでもないそんな中途半端なこと

ゲーム機
エックスボックス
最初は意気揚々とプレーしていましたが
新作を買うペースががくっと落ちてしまいました
何故かシリーズ物ばかりに目が行くようになってしまい
既にお腹いっぱい状態
相変わらずZ指定のゲームにはあまり食指が伸びず
あまりつべこべ言いたくはありませんがゲーム脳が与える社会って結構問題かと思われるのです
これも今の世相を反映してるんだろうな
今はおとなしく別のやることを探しています

読書
最低限新聞の拾い読みくらいはしようかと思っています
頭という物は鍛え続けないといつのまにやら鈍ってしまうもので
読書の与える影響というものは最もたるものでしょう
高校くらいの基礎知識は常時装備しておきたいですね

買い物
お腹が空いたときは近くのコンビニでインスタントを買っていますが
やはり周りの目が厳しい
こんなに体にわるいものをたくさん買い占めるなら
速く彼女でも作ってて料理でも作ってもらいなよ
という視線をバリバリ感じる(自意識過剰)
とりあえず面倒臭いんです
とは家財布にもやさしく体にも優しくなれば
自炊するしか無く
趣味で料理を始めるのもいいのかもしれません

テレビ
今回のメインテーマ
親父はよくテレビを付けたがりますが正直今のテレビに期待することは殆どありません
ハイビジョンになってスポーツ中継が良くなったくらい
あっ囲碁盤と将棋盤がクリアーになってなお良い感じ
とにかく今更語ることはないでしょうテレビの弊害は

ざっと振り返ると
無駄なものや他人との関わりで解決する問題など
一筋縄には行かないことばかりなんですよね
だから人生は面白くまた平坦ではなく
一つの世界を知ればまた次の発見があり
また既存の世界にも光があたったりと。。。

アイデア

自分はメモ魔です
暇な時はどこでもアイデアを書き留める体制を作っています
自宅ではほとんどそういう行為をせず
外出先でボーとしているときにノートを書いています

以前のブログでちらほら公開していましたが
そういう直接的なことはせず今日は楽器について
未来の楽器はこんなものだなという自分の考えを述べたいと思います

指揮者ってなんだろう?
こう書くと様々な答えが返ってくると思います
前に親父に指揮者ってミキサーみたいな役割だよねというと
もっと複雑なものなんだよ
感情を込めたり
コンダクターという方がしっくり来るねと

でも自分なりに解釈すると音の強弱をつけたりバランスを取ったり
そんな楽器がダイレクトに欲しいと思う

今日はノートは公開しませんが
ギターのネックが2つあり
指板には様々な楽器につながるフェーダーのようなものがついていて
真ん中にはスイッチやツマミ類がたくさんついて
ネックの上げ下げで音の合成具合を調節できる
直接音を出さないこういう楽器はどうでしょう
って自分で図に書いて考えてるうちにこれって前に紹介した上に
すごく難しそう

音楽をやってる人はわかると思いますが
音源や楽器を揃えてくるうちに段々いいミキサーが欲しくなるんですよね
究極の最後はでっかいデジミキに囲まれて終わるという

これはまだまだミキサーと指揮者の勉強不足のようです

つぎに紹介するのはノイズという楽器
楽器とはいっても
ヘルメットです
目の部分には覆う部分があり
脳波に依って様々な低周波の音と光が出ます

これは何なんだということですよ
エレキが女性の金切り声だとしたら
このノイズという楽器は一般の人達のざわめきや拍手です
それをシュミレートするとこういう形を連想しました
演奏と言うより鑑賞に近いかもしれません
人によればそこにいるだけで身が引き締まる人がいるように

バンドに一人か二人こういう何もしない人間がいたら
また未来のバンドも変わるのかな~と
更に進んで今度はアトモスフェアー
これは・・・

2011年10月16日日曜日

怪童を逝く

ほら第一投目はガーターだ、その次ストライクでスペアなのだ
やはり一発目で決めるほうが人生はうまく回るのだ

そんなことよりクラウドのミュージックプレイヤーどこか出してくれよ
ヒュンダイ?いやサムスン、台湾あたりの新興メーカーで

今日もやりたい放題でお送りします

いや、最近何にはまってるのと聞かれると
別に
とかしか答えはないんだよね
あぁ最近アバクロンビーフィッチのパーカー買って
あまりのデザインの良さに萌えてしまったくらい

街に散歩に出かけても
食指が伸びる何かが欲しい
そうそう
最近うつ傾向から少し光明が差してきたような気がするから
デイサービスのスケジュールを変えてみました

なんにせよ
リハビリテーションの時期なんだよなぁ
とひしひし感じております

音楽プレーヤーはiPhoneとWalkman
しかしほとんどは
インターネット端末で見るYouTube
こっちのほうがなまじライブラリが充実しているもんね

趣味はとにかく物事をする楽しさを覚えさせます
楽しいという感覚は実はどんな分野においても大切で通用します
自分が気持ちいいと思うことを信じたほうがいい
そしてそれに美しさが伴えば尚いい

そうそう最近のテレビゲームは本当にリアルで
サッカーのゲームやってるうちに何となくセンスが身についちゃったよ(嘘)

零と無限の科学

ゼロと無限、皆さんに馴染みの深いものってどちらでしょうね
自分は限りなくゼロに近い人間です
どう説明したらいいのかわかりませんが
物事を収束的収束的に考えています

よくゼロと無限の説明に使いたいのが将棋と囲碁です
将棋は相手の玉を追い詰めるのが本筋です
要はだんだん小さくしていく
ゼロに近づく

囲碁は無限に近い囲碁盤に着想を持って自由に陣を取っていく
最後は収束しますが中盤になると無限のように指し手が増えます


無限の概念はおそらく自分にはないのでしょう
考えてみたところで想像だにできません

一方でゼロ
要は無に近いこと
ブラックホールなどの特異点などがまさにあたると思います

ここで注意したいのが今まで使っているこの0です
この数字は自分なりの見解では空位にあたると思います

よく0はお化けみたいだとか言われますが本当の形ではないのです

とにかく数字にはなにか始まりがあって良い
そして終わりの数字も存在する
そんな漠然とした思いからであったのが零と無限です
後々語りたいのが
無限と無限大の違いなど
特異点と小数点の違い
突き詰めるのならこれらは全くの別物で
その先にまだ見たことのない世界が広がっているのかもしれません

2011年10月12日水曜日

水曜日

いや暑いですね
今日は外に出てやけに日差しを感じました
気候も一巡してもう10月の半ば
今年をそろそろ振り返る時期かもしれません

今年は忍耐の年だということで腹は括っていました
しかし想像以上にに世間の風は厳しかったです
人間関係の帳尻ばかりを気にしていました

出会いもぼちぼちありました
多分一生ものに近いでしょう


何もかもを見渡してみると最後は自分との対峙なんですよね
自分のどす黒い病巣が次第にはっきりしてきて
やっぱり重症だったんだなと思う次第です

この世は理不尽な事だらけですが必要以上に考えすぎないようにしています
いつまでも解決に至ることはないですからね

少し抽象的でしたがこれって結構みんなが少なからず当てはめられることなのかもしれません

2011年10月10日月曜日

鏡の世界

30年以上生きて思うことすなわち漠然と思うこと
世界は自分の思い次第でどんな形にも変わること
こんなもんだろう
こんなものでいいはずだ
即ち可能性の根絶で自分の人生はできていたなと

もちろん自分だけの責任でもありませんし
他人はもっとオープンで然るべきです

どこまで行っても結局虚しいという気持ちは付き纏います
他人を変えることなどできません

ただ自分の世界を見る姿勢だけは存分に改善の余地があるから
今でも進んで行けるのです。

2011年10月6日木曜日

アップル

スティーブ・ジョブズ氏死去
今朝飛び込んできたニュースです
PCのことを少しでも知ってるいるのなら誰でも聞いたことのある名前でしょう
個人的にはあぁ時代が変わりつつあるのかと同時に早過ぎる死だ、誰が後釜に座るんだろう

という不安や時の流れを実感しています

昔まではMacも使っていましたが
今はウィンドウズマシンやiPhoneが主流です
アンドロイドタブレットもちらほら使い始めていて
ここでは3つどもえの争いが起こっていますね
すなわちジョブズ氏が残した遺産iPhoneは一体なんなのか
これを考えなくてはいけません
Macをやめた理由の一つにアプリケーションの少なさです
ウィンドウズでは走っているソフトがマックではないことはザラで
仕事どころか趣味の領域でも結構厳しい物がありました
iPhoneはアプリの数ではアンドロイドに肉薄し
クォリティの面でも一定の水準を保っています
しっかりお金をとっていますからね

後ゲームの少なさ
Macはまさにゲームの飢餓状態でウィンドウズに比べれば壊滅状態でしょう
iPhoneはなんととても価格はリーズナブルなのに遊べるソフトが山盛りです
既存の携帯ゲーム機のようにソフトを差し替える必要性もなくいろんなソフトを持ち運べます

物理キーボードのないゲーム機はたしかに辛いです
しかしそれを有り余るものとして補わんとしているソフトの面白さ
iPhoneの勝利はまさにソフトウェアの勝利です

問題はこれからの展開ですね
正直4Sはどマイナーチェンジもいいところだと

ジョブズ氏はよくあいつは他人のアイデアを盗む天才だと言われていたとか
この際誰でもいいのでいろんな人からアイデアをパク、いや盗んで良いものを作ってもらいたいです

2011年10月5日水曜日

歴史

ブログを始めて足掛け六年以上が経とうとしています
その中で歴史を少し振り返ってみます

一番最初のブログ 究
これは完全に迷走していました
当時まだ2chの影響が濃く残っており
自分の闇の部分が出ているなと読み返して思います
なぜか、こっちのほうが一番だったという声もあり
ネガティブの中になにかひたむきなものがあったのかもしれません

そして 究&I
最初のブログと同じ事はしたくないという一心で立てました
実はここ、一番難易度が高く
イメージが固まるまで筆が進まないのです
最近停滞気味なのはやはり想像力の減退に依るものなのかな

至福
これはほんの軽いノリでポロっとできちゃったブログです
普段の生活や趣味を紹介する
ちょっと洒落たものにしようとしました
自分の中で一番お気に入りで
読み返すことはありませんが
あの描いていた時期を思い返すと
あぁ幸せだったなとしみじみ思います

楽園
これは記憶が朧気ですが
ブログを書いていて何故か自己嫌悪に陥ったのを機に
少し逃避気味に書いていました
内容は殆ど至福と変わらないのに
何故か他人の褌で相撲を取ってるかのようでしたね

とまぁ究から派生したブログは今でも生き残っています
特に原点と呼べる究は未だに荒削りで未熟だった自分が成長してゆく過程を
垣間見ることができて何が何でも最初に始めることが重要だったと気づかせてくれる第一歩です
最近の目標として
2日に一回はどこかのブログを更新するというノルマを立てているのですが
最近の読み手さんも玄人が多く内野安打はおろかファインプレーにネタが狭まられている感覚ですね

2011年9月25日日曜日

街道をゆく

人の心もおしなべて測る30代
毒っけも過ぎると薬なるのよもう30代

今回は紀伝体でお送りします

やはり涼しくなると散歩の季節である
立ち寄る先は公園、バッティングセンター、ゲーセン、コーヒーショップ
なんだか既に廃人のようなコースだが
よく立ち寄るのが本屋である
最近ではタブレット端末の普及で経営も押され気味かもしれない
しかしそこは腐っても本屋
特徴をズバズバ捉えていきましょう

まず書店にはいって目につくのが新刊のコーナー
コロコロコミックを卒業し少年ジャンプも卒業した自分にとって最近の漫画はよくわからない
きっと戦いだけが主軸だった少年漫画は今は萌となり
恋愛だけだった少女漫画も肉食系になったのであろう(謎)
隣を覗くと自己啓発本の嵐
コレを見ただけでマルマルに変わるなどという大仰な見出しが並ぶ
既にこの手の本はお腹いっぱい過ぎて
内容もなるほどというよりあ~というため息が漏れる
とりあえず他人の話を聞くのが先決であった

その隣にはマンガでわかるクラシック
聖書からブッダの言葉、罪と罰
しかし今は文盲らしき人類はいるが
この薄さでこれらの作品を表現している
いわゆる映画の予告編とでも言ったほうがいいのだろうか
つい食指が伸びそうな自分が危うい

後半へ続く

2011年9月24日土曜日

ゲームってなんなの

え~ネタもだいぶ枯渇してきましたがまだゲームネタを行きます

そもそも2Dの真価はSFCで発揮済みです
その究極がセガのサターンだったのですが
ポリゴンという新しい時代において先陣をきったのがプレイステーション
知ってる方は少ないかもしれませんがもともとソニーと任天堂が共同で開発していたものです
それを何故か直前でちゃぶ台返し(破談)をした任天堂にソニーの意地が込められていました
それいぜんにCD-ROMを使ったゲーム機はありました
NECのROMROM
フルボイスやフルアニメーション
読み込み時間を気にしなければコレほど豪華なゲーム機はありませんでした
よく昔のゲーム機は俳句を読むようなもので
いまのゲーム機は原稿用紙を丸々もらえるようなものだと言っていました
ここに面白さの原点はあるのだと思いますね
ゲームの面白さというものは作って削る作って削るのくり返し

当時プレイステーションを諸手を挙げて自分は歓迎していました
高すぎるカートリッジロムの値段
任天堂の高慢すぎるアップデート、情報管理
コレは競争相手が必要だと感じていました

結果次世代機戦争の第一ラウンドはソニーの勝利で終わりました
しかし
その後が
みなさんも知っての通りセガを失いソニーもSCEとの境界がつかなくなりました
ゲーム業界がめちゃくちゃになったのは一体何が原因だったのか
それは何より冗長すぎるクソゲーの氾濫によるものでしょう

僕は一万円も払って良いゲームを買っていたほうがまだ未来はあったのかと思っています
現在据え置き機で我が家に鎮座しているのがXBOXです
なぜWiiにしなかったのかは後で述べるとして
ゲームってついにハリウッド映画を超えたなという言葉が漏れていました
たしかにこういう進化ってありかもしれないけれど
もう日本のようなソフトハウスは映画のようなゲームは作れないだろうという
確信を持っています
結局Wiiが鎮座しなかった最大の理由がHDに対応していないことです
せっかく液晶テレビを買うんだしコレかなっと軽い気持ちでした
サッカーゲームなんかもそうなんですがスポーツゲームはHDノ恩恵が大きいです
後マシンパワーが貧弱なのも問題であったのかもしれません
自分を振り返ると
やっぱり豪勢且つ派手なゲームに目が行ってるなと。。。
しかし
ゲームって結局なんだろう
アニメを超え、映画を超え、全てのエンターティメントの上に立とうとしている
ぶっちゃけ生活に無くてもいい、でも足りない
自分にとって一体何なんでしょう。。。

2011年9月21日水曜日

ゲームキューブはどこがまずかったのか

しつこいくらいにゲームの話題について掘り下げようと思います
当時僕にはまだ任天堂ブランドは健在でまたあの作りこみの優れたゲームがやりたいと思い
当時出たばかりのゲームキューブをマリオと一緒に買いました

しかし、ソフト自体に問題があったのかあの職人芸がない
優しすぎず難しすぎず
やり込めばやり込むほど先の見えてくるボリュームもない
要は凡作なんですね

コレで見限ってしまうのは男ではないと感じ
これ以降もマリオカート、マリオテニス、F-zero
SFC時代の遺産を引きずっていた作品を次から次に堪能しました

出た言葉が
コレ味見しながらプログラミングしたのかなぁ
操作感や気持よさ
斬新さは置いといて任天堂の味がほとんど抜けていました
結局一番面白かったのが
任天堂がローカライズしたレフトフィールドのバスケットゲームだったりする

ピクミンやスマブラあたりを狙えばよかったのでしょうか
とにかく新シリーズが少ないハードは要注意です

しかしこのコントローラー考えすぎてしまったのか少し空回りしています
本体の形も少しおっさん臭いし
バーチャルボーイと同じくらい反省する部分は多かったと思うのですよ

Wiiはその点を踏襲してるように感じられます
振り返ってまたやりたくなったねと呼べるソフトがなかったのが
ゲームキューブの失敗でしょう

しかし未だにもったいないという感じがしてなりません

何度も繰り返すようですが光ディスクの恩恵がどれくらいのものだったのか
あれだけコピーされやすいなどとディスクに批判的だった任天堂がなぜ採用したのか

ゲームの本質が見えるまで話題を掘り下げようと思います。

2011年9月20日火曜日

特に昔と変わってしまったのはテレビゲームだと思うのです
とくに2Dと3Dの垣根に悩まされております

ゼルダの伝説
言わずもがな名作だと思います
SFC版はエンディングを見て感動しました、未だに胸に残っています
その他にもファイナルファンタジー
未だに4の音源の素晴らしさやドット絵のキレなどが印象的です

で本題は3Dのゼルダをやってなにか違うと感じたんですよね
こりゃゼルダじゃないやと
別のシリーズだと思えば楽になれたのかもしれません
FPSの視点だとどうしても死角ができちゃうのです

ニンテンドー64が出た時
FFやDQが出ないからいいやと買い控えた人もいると思います
僕もいくらポリゴンになっても基本が変わってないRPGを選びました

いま思えばここで64を体験して何らかの意見なり感想なりを伝えたかったと後悔しています
結局ここがゲームのターニングポイントなんですよ
ロムを捨てドット絵を捨て新しい進化の場を与えられた次世代のゲーム機
全てが面白さに反比例してたような気がします
僕は多少高価でもネオジオみたいなハードは生き残って欲しかったですね

とにかく3Dと2Dはこれから棲み分けていくべきです
決して2Dノ進化が3Dではないとゲーム史は証明しました
アニメだってふるCGアニメとセルアニメは棲み分けてるでしょ
でしょ
でしょ
よくわかりませんか。。。。

国の仕組みについて思うこと

御存知の通り日本の将来はあまり明るいとは言えません
未曽有の借金や
腐敗した政治
乱れる治安問題
少子高齢

特に借金の問題は既に削減できるところは早急にして増税に頼るしか無いようです
収入は増えない物価は上がる税金は増える
三重苦ですが
この痛みを味わっているときにこそ改革を進めなければいけません

まずは地方への分散ですね
大学、企業、国政
今や一極集中で行っていることを分散化するのです
道州制や首都機能移転、官僚制度の改革
既にやっておかなければならないことなんですよね

僕の地元では国立大学が合併し圏外に移転しました
こども病院も埋立地に移転する予定です
無論賛否両論ですが
一等地に何か別のもが建てられたり
今まで人の流れがなかったところに人が流れるようになりました
人の流れも物の流れも絶えず変わるもの

ひとつの場所に止めることは我田引水に匹敵すると思います
不便になったなぁという声もちらほら聞こえます
これも都市計画の一部と思えば未来の設計だと思えば苦労には値しないでしょう

2011年9月17日土曜日

スマホ

東京ゲームショーが始まりましたね
話題はなんといってもスマートフォン
手軽かつ簡単にダウンロードできて場所を選ばない

汎用的な使い方をする端末ですからこれから廃れることがあまりない
ゲーム会社は確実にこちらへシフトしていくでしょう

それより思ったのは物理ボタンのなさにおける感覚の希薄さです
背面にタッチセンサーを内蔵して工夫を凝らしているゲーム機もあります

要は工夫次第といえば物理ボタンの問題は解決するのかもしれません

スマートフォンはすごい勢いで今普及しています
ネット下流と言われる言葉が一時期生まれました
要は携帯だけでネットを済ませること
まさに今はそれでも十分事足りるのです

2011年9月16日金曜日

第五の次元ってあるの?

ここからはあくまで個人的な仮設です
ですので信憑性はありません

立体が3次元
時間を加えて四次元
さてコレから先に何が必要なのでしょう

結論から言えば人や物の出会いです
人生は出会いから始まります
ですが縁がないとつながりがありません

第五の次元はとても小さくて目に見えない縁だと推測しています
これは重力にも似ています
予めこの人とこの人が惹きあうにはなにか理由がある
小さな輪の積み重ねが生み出すものなのか
生まれつき持ったものなのか
よくわかりません

よく悪縁、腐れ縁でも切ってはいけないと聞きます
これはまさにその通りでひとつの縁を切ることは全体にまで響くことなのです
また一度切った縁は修復するのが困難だということも知っています
とにかく人間関係を円滑にするのもそう
幸せに生きるのもそう
縁を大切にしたいです

2011年9月15日木曜日

情勢

最近の時事にも目を通しておきたいと思います

政治
野田内閣が発足したばかりです
思うに国会ではグダグダ野党から言われてるようでも
どこも似たような政策じゃないかと思うのは気のせいでしょうか
実質野党と呼べるものは共産党だけらしいです

社会
暴力団関係の事件が結構増えてきたと思います
最近ではいろんな世界に形を潜め
もはや他人ごとではないなと思う此の頃です

国際
イスラム圏、北朝鮮、中国
既に革命が始まっていますが
いままでの恐怖政治と情報のあまりの少なさが
革命を凄惨なものにしているのでしょう
中国の一部はお金があってまだいいほうですが
北朝鮮やアフリカでは目を覆うような情勢が続いています

地域
自分の住んでいる福岡では飲酒運転の事故が結構問題になっています
これだけ呼びかけても一向に減る気配がない
何か別の原因があるのではと思います

今日は何となく真面目な話でした
でもたまにはこういう話も必要ですよね

近況2

最近気になる話題をざっと拾っていこうかと思います

車の話題
ドイツでフランクフルトモーターショーが始まってます
注目はホンダのシビックですね
あえてハイブリッドにしなかったのは残念なんですけれど
装備やサイズがとてもいい
後は価格ですね

価格といえば今度ダイハツが衝撃的な値段で軽自動車を出すそうです
ノーマル装備で70万円とか

これなら自分も手が出せそうな気がします
車は燃費もそうなんですが末永く乗るにはやはりデザインと機能なんですよね

後、東レがカーボン製の電気自動車を作りましたね
車体が軽いとあって航続距離が結構あるそうです
量産することでコストを下げるそうなのでここのあたりに期待ですね

次はパソコンの話題
マイクロソフトがやはりというか今更というかタブレットに参入しました
ウィンドウズ8をそのまま載せるのでしょうか?
見たところインターフェイスだけではわからないので触ってみたいですね

そろそろiPhoneもモデルチェンジして欲しいな
物理ボタンは要るのか要らないのか?
これは永遠のテーマなんですが今回だけは省いてほしいです
其の分画面を大きくして欲しい

まぁ車もパソコンも持ってるだけでランニングコストはかかります
出来ればこのあたりも衝撃的なプライスをお願いしたいのですが。。。

2011年9月6日火曜日

ミュージック

クラウドミュージックという言葉を最近聞くようになりました
アマゾンとグーグルが率先して推進しているサービス
要はストレージをなるべく捨ててサーバーにライブラリをアップロードする
これって自分が待ち望んでいたサービスなんですよね
と同時にレコードー会社がまっさきに噛み付きそうなサービスだなと不安を覚えました
買った曲がMP3やDRMが付いているものだとどこに行ったのかわからなくなるんですよね
あっあの端末では聞けたよな
でもこの端末には入ってないし対応すらしていない
そういう不便さから解消されるなら諸手を上げて歓迎です
しかも曲の感想なんかを入力できてアップロードできたり
好みをシェアできるような仕組みなら
孤独なリスニング生活にかなりの彩りを与えてくれそうです
鍵は独自の専門端末をどこが先に作るかですね
ポスト、ウォークマン、アイポッドになるのは何か?
カセット式のウォークマンを死ぬほど愛していた時代とは隔世の感があります

趣味

ども、暇があれば毎日更新する予定です

ゲームの話
3DSが一万円も値下げしましたけれど
やりたいソフトがあまりないのが実情です
ゲームなんてやってる場合じゃないとわかってるんですが
自分にとってテレビゲームは煙草と同じくらいなくてはならない存在です
前にも述べたんですがWii U のコントローラーくらいの携帯型ゲーム機でないかしら

音楽の話
最近Jpopと聞くとおしりに48がつくものばかりですね
洋楽の知識はあまりなく
kpopを中心にYoutubeなどを漁っています
買いたい音楽がオンライン上にない場合はなぜかCDまで買って聞こうと思いません
ゲームもそうなんですがどうもコンテンツの扱い方が時代に追い付いてない場合が多く
マジコンやファイル交換ソフトの存在そのものを否定することはできないのです

スポーツの話
世界陸上が終わり
後はペナント
男子女子サッカー予選
個人的に男子のサッカーを応援しています
ラフプレーもふくめ電光石火で決まるのがサッカーの醍醐味だと思っていますから

ガジェットの話
ソニータブレットなるものがもうすぐ出ますね
オーエスはアンドロイド3,1
既にもとローラーのXoomを持ってる自分には必要ありませんが
今年は既にタブレット元年でしょう
デルからも対抗馬としてなにか出て欲しいな
選択の幅が広がると嬉しいですし
後価格もどんどん安くなってほしい

いまの自分の現状もも通してみればボチボチなのかもしれませんが
目を凝らしてみればキラリと光る部分があり
そういうことにフォーカスしていこうかと思います。

2011年9月5日月曜日

遺伝

先々日親戚の結婚式に行ってきました
これで家系が増えると共に
下の家系がまた見えてきました

本来子供というものはなんなのか
自分はまだ結婚していないのでわかりませんが親の世代を見ると漠然と感じます

要は大変だろうなという感想
いつまでたっても子供は子供で
未だにオシメを取り替えてもらってるような感覚です
特に男に限って言えば受け継ぐバトンのようなものがあり
女性にはない特殊なミッションがあります

孫の代に行けばあぁ俺と似ているなという感覚
才能が遺伝するらしいです

曾孫になるとこれって俺の分身かなという親近感かもしれません
自分から見てもすごく似ている部分が多い

玄孫になると其の人間を凌ぐ人になるらしいです
スーパーマリオがきのこを食べたように
当事者から見ると聳え立つ感じでしょうか

自分も玄孫の姿を一目でも見てみたいですね

最近はこんなコトばかり考えています。

2011年9月4日日曜日

考え方

シンプルに考えるなら物事は少なくてもいいのです
覚えることもやることも

複雑且つ多彩になると方向性がわからなくなる時がある

自分にとって必要な文字
言葉
多分日本語は海から出れば必要はなくなる
パソコンだって必要ないかも
計算も使えるに越したことはないけれど

そういうことがない世界もあってほしいな

とりあえず今はある世界よりもない世界の中で一つのことを突き詰めたい
時間制限の中でたくさんのおもちゃで遊ぶか
一つのシンプルな玩具をずっといじっているか
後者を選ぶなら

きっとそのうちすごい力になって帰ってくると思う
昔の人達ってそういう力をひしひし感じるから

2011年9月3日土曜日

仕様書 其の三

うすうす感づいてる方もいますが
既に自分の子供達は世間で馳せています
こどもといっても一概にいろんな種類がいてこれが現在の悩みの種なのです

だいたい世代ごとには第一世代と呼ばれる子供
計算式の記号を担ったり補助をしたり
数字を活用するためにあります

そして第二世代
超越数と呼ばれる、特殊な数字です
これがなければ宇宙の起源を説明できなかったり
文明そのものを支える計算に使ったりします

そして現在第3世代
キーボードを見るとわかりますがいろんなファンクションキーがあります
エンターやスペース、変換
こう考えるなら数学は今や理論の世界に突入したと考えられます

問題はこれいじょう複雑且つわかりにくくならないことですね
大体大成する人はシンプルな人が多いです

期待の持てる未来の話でした。

2011年8月23日火曜日

仕様書 続き

前回に引き続き物議を醸し出している世界を紹介しようと思います
大奥はあまり説明せずともわかる人はわかると思います
運ぶことを使命とした肝っ玉母さん軍団です
基本はここの力を借りなければ新しい命は誕生しません
トラックの操縦とはいえ奥の深いものがあります

で、本題
トラックがあれば作業車があるわけですが
これが今なんのかということです
一応自分にも一台振り分けられてますが
よく見るとシリアルに別の人の名前が書いてあるんですよね
他のパイロットもそう
そう考えるなら昔、ここで何か別の集団がいたというわけです
母親達と唯一対等に働ける集団が昔あったのです
むむむ、謎は深まるばかり
次回に続きます

2011年8月15日月曜日

仕様書

仕様書

一部の間で物議を醸している我がブログ止揚
今回は何なんだここはという方に解説を加えることにする
とはいっても自分の感想です

このブログはなんなの?
ミニカーを駆使した現在考えられる人間関係の相関です
見えない人を含め多分こんなんだろうという妄想も加わります

自分について
主人公は一応自分
で神なんて名乗ってますがあくまで役であって現実とはあまり関係はありません
四人格のうち主人格が主人公です

伝えたいこと
今起こっているヤバいことは
崩壊寸前の世界があることです
特に男の世界はひどく
輪廻とウエディングドレスがまさになくなってしまう寸前です

新しいこと
世界が失くなるということはまた新しいことが始まること
特に雲孫を発見した時
また新たな世界が始まることを感じました

ここでしか言えないこと
もちろん生まれてくるものがあれば死んでいく人もあります
魂がない車は墓場に行っています

大奥について
此処はとても自由な空気なんですよ
女や◯ざなんて言ってますがここが自分のルーツです

娘について
今最も問題なのが増えすぎた娘たちの将来です
もちろんお婿さんが必要ですが
その候補が今は空中分解寸前です

とりあえず今の車では解決できない問題ばかりです
また補足しますが人間関係、基男女問題って難しい。

2011年8月8日月曜日

みんなだいすき任天堂

お久しぶりです
気分を入れ替えるために趣味の話をします

自分はテレビゲームっ子で幼い頃から慣れ親しんでいます
今は昔に比べシリーズが枯渇し
安定したタイトルに頼りがちな傾向です

テレビゲーム15から始まった任天堂のコンシューマーですが
自分が知っているのはファミコン、ゲームボーイから
野心の大きなタイトルもあり
面白さとはグラフィックでは決して無いことを証明していました

その後スーパーファミコンで2Dは完成し

64となるわけですが
64のソフトは柔軟で且つとても面白いです、
ソフトの数さえ少ないしSFCに比べ質もまばらですけれど
これが本流になれば歴史はずいぶんと変わっていたような気がします
当時買わなかったことをしきりに後悔

その後ゲームキューブを手にするのですが
単に64の映像が綺麗になっただけの印象が強く
面白いコントローラーも使いどころが少なく残念
思い入れは少ないんですがなにかほっとけないハードでした

その後体感コントローラーブームを作ったWii
バーチャルコンソールをやるだけに買う価値はあると思います

そして最近発表されたWii U
やはり体感になってもフィジコンの存在感は切っても切り離せないと思うのです
ほらゲームって触覚を使うものだから
キネクトは平衡感覚までも使っていますが

個人的にこれから任天堂のハードはどう進化するのか見届けたいのです

2011年7月27日水曜日

一極集中

都会の生活は何故か寂しくなるんだよ
友だちがいっぱいいてもそう思う
これは人から聞いた言葉です

都会といえば東京
文化や経済、政治の発信地です

今や東京は飽和状態
これ以上、いろんなモノを集めたり作ったりして
どうするんだろうと疑問を感じているのです
もし首都機能が麻痺をすれば日本全体がストップしてしまう

あくまで首都機能はどこかに移譲するべき時が来たと感じています

世界に目を通せばアメリカ一辺倒ですけれど
目を覆うような借金とこれから待っている途方も無いテロや国際社会との争いを考えると
この国の未来も明るいとは思えません

なぜ一極集中は行われるのか
効率と拝金主義をとことん突き詰めればそうなるのかもしれません

しかしこのピラミッド社会の何処かが異常をきたし
頂上から真っ逆さまに堕ちる日はいつきてもおかしくないと思われます。

2011年7月18日月曜日

興味

趣味に関して言えば興味と又違うんですね
興味を持って追いかけることと趣味はある程度関心を持って突き詰めること
趣味はどっちかというとある程度根気がない人向けだと思うのですが
自分は更に無い人なので本当に感覚や興味の赴くままです

で、結構そういうものが溜まってきました
年をとればとるほど

最初は雑多でしかもカオスのような世界がだんだんと整然していく様子でしょうか
沸騰していた蒸気が段々水滴のように溜まっていく感覚です

物事の真理というものは多分自分の中でそんな仕組み

要は入り口にピンときたならとりあえずくぐってみて
それから全体像が見えるまで楽しく続ければ良いのです

ここだけの話
スポーツや将棋やその他の競技はなぜか突き詰めていくとセッ◯◯に見えてくるのですから僕の異常でしょうか

物事って意外とシンプルなんですねぇ。

2011年7月16日土曜日

卓球その2

ストロークの種類はフォアハンドとバックハンドの二種類がある
フォアがメインでバックがサブくらいに捉えるといいかもしれない
コートを広く使える点で言えばフォアハンドには敵わないからだ

で問題の私のプレーなのだが
まずサーブは基本
横回転、縦回転のサーブを使い分けている
ボールは一度自分のコートにワンバウンドさせなくてはいけないから
最初にボールを上げるタイミングが重要である
左から右にラケットをこするサーブは
相手の前で横に変化する
回転は強くかけ過ぎると相手が返してきたときに逆に返せなくなるのもある
要は力加減の持ちようである

下から上へこするサーブは
相手の前でほっとくと2バウンドしてしまう
軽く押し出すように打つのがコツで月面で宇宙服を着ている人間がピョンピョン飛び跳ねるがの如く
ボールは嬉しく飛び回る

もうひとつは開発中なのだが
右から左へボールをこするサーブ
自分の予想が当たれば敵の陣地に入った時点でバックスピンがかかるのではないだろうか

これはあくまで我流だから上達したい人はテレビの中継を見てプレイを盗むのがいいと思う
卓球の真髄はサーブではなくラリーにあるので
あくまで有利な展開を創るきっかけに過ぎない
ラリーに関してはまだまだ駆け出し中なので割愛するか補足で付け足してみようと思う。

卓球

そういうわけでスポーツを科学したいと思います
今日は卓球
ご覧のとおりコートは狭く
以下に精度の高い玉を送り込むかにかかっている
科学者が言うには
卓球とは100m走をしながらチェスをするようなものと言っている

堅苦しいことは抜きにして本題に入ろう
私は持ち方で言えば今現在シェイクハンドを選んでいる
持ち方は他に鉛筆を持つような持ち方ペンホルダーがある
ペンは強烈なストロークが持ち味だがバックハンドと多彩な変化に少し弱いところがある
直球勝負の人はペンやね

さぁ試合開始だ
一番重要なのがサーブ
テレビを見ているとボールを高く上げて軽く前に押し出していると思う
所謂下回転なのだが
最もリターンが決めにくい
回転をかける
これが最も卓球の肝である
直球のようで簡単に打ち返そうとしても回転がかかっていればすぐにネットに掛かってしまう
それゆえに逆の回転をかけて返さなくてはいけない
回転は奥が深く
私はまだ駆け出し中の身です

問題のサーブの続きだが
私はバックハンドで現在三種類のサーブを試している
続く

雑談

右手にアンドロイド端末左手にiPhone
こうなると本格的に欲しいのが端末テレビでしょう

単純に画面のサイズで情報量は大きく左右されますから
ほしい情報の入り具合も違う

電子書籍を含めて大いに期待したアンドロイドの3.0は未だに使いこなせていません

まだ買っていない人はようくiPadと比較したほうがいいでしょう
大画面にガジェットという発想は良いんですけれどね

冒頭に述べたテレビはまさにHDDに貯めこんで即YouTubeに投稿といった具合が理想です
なにか著作権の問題を孕んでいるような気がしますが
テレビの在り方はすでに変わりつつあるんですよね

もう決まった時間に決まった場所で好きな番組を見るという時代ではなくなったような気がします

Anytime Anywhere Anydevice
これからのキーワードのような気がします

2011年7月11日月曜日

カルチャー雑談

最近は新しいゲームや本を買っておらず
ミニカーばかり収集しております

これも一つの流れだと思うのですが
平面に萌えなくなったんですよね
かと言ってフィギュアの領域にはまだ達しておらず
親が悲しむ姿を思うとここには手をつけません

アイドルも最近では地場産のアイドルが増えてきて
まばらながらもエッと思う人がいます。
AKBは秋葉原の略だと聞いてますが
果たして秋葉原の味が出ているのでしょうか
こてこての電気街で、業務用の基板だらけというイメージが強く
どうもクリーンですよねぇ
といっても曲に関してはあまり評価はしていません

みなさんはAKBと聞いて印象に残る曲ってありますかね

とにかくゲーム離れや漫画離れが最近顕著です
それは質実剛健の意味合いがだんだん薄くなってきた証拠なのかもしれません

しかしこれからは存在感そこにある生の感覚
ライブや模型、立体テレビの出番かもしれません

2011年7月9日土曜日

う~ん

最近活字を書く量よりあまり読む量がありません
どういう意味かといえば書かない上に更に読まない
頭の中で考えてばかり
考えすぎることは一種の変態に近いからね

特にテレビに出てくるタレントさんを見ると向こうからもこっちが見れるんじゃないかと考えるくらい
考えが妄想になり
妄想が笑いになり
ひとりで勝手に含み笑いをして締りのない顔を晒してると思うと。。。

でもつながることは基本的にいいことなので今はいいの。

2011年7月5日火曜日

ピース

だれだって楽になりたいときはある
真面目がいつまでも続かない時だってある
ミスを犯しても自分の中では腑に落ちない時だってある

だれだって過失はあるし完璧ではない
そう考えるならその隙間を他人が埋めてくれる

完璧なら逆にはじめから求めるものが分かっているかもしれない

そうなると後はしみじみと沸き起こる感謝の気持ちだ
自分は此処に立っていることが他の力を借りて生かされている

求めるものに対しての感謝の気持ちと今、生きていること
意識しだすと
少しづつ事態は改善してゆく。

2011年7月3日日曜日

現実

悩んで悩んで遠回り
何時ここに戻ってきてもバグと虚脱感
時々この一瞬が永遠かもしれないと錯覚する
それはとても苦しい

神様がきっとホロリと流した涙で運命が微妙に変わる

慌てる必要はない
真実は一つだけれどそれこそ数えきれない宝のような事実に溢れている

本音と建前は何時になっても使い分けられないよ
僕はそこまで器用ではないし勇気もない

着々とのんびりと過ごしている間でも何かが動いている
出来れば出来る限り主導権を握りたい
他人の舵取りに翻弄されるのはもう嫌だ

時間がまた迫ってくる
闇に侵食される

真実に翻弄されながら嘘に生かされながら

2011年6月29日水曜日

市場

国内の情勢に限ってみると
政治に関しては首相とその他の連立の軒並みが合わなかったり
税率は近い将来上がるだろうし
災害の復興のため産業の生産ラインが未だにフル稼働ではなかったり
少子高齢化、年金問題、生活保護の増加

あまり明るい話題は少ないのかもしれません

ここに来て海外市場に目を向けると
新興国にはまだ伸び代があります
若い人はよく海外に出ろと言われますがまさにその時期なのでしょう

自動車産業ではインドやタイ、ベトナムなどで生産する廉価な車が評判がいいようです
日本でも軽自動車が売上のトップを奪ったように
豪華で華やかな自動車の時代は終わったのかもしれません
100万円を切って且つ燃費はリッター30km
デザインにも少々こだわりを持った車がいいと思います

電気自動車やハイブリッドが主戦場になる未来でも
こういう市場はなおかつ元気でしょうね。

2011年6月27日月曜日

日常

女性像に関してはね
それはそれは恐れ多いものを感じていますよ実際
もう自分では諦めの境地に至っている分野もあってか
争わない覚悟を決めていることもあります

30にしてプラトニックの神々しさを知る
いずれにせよ大火傷はしたくないものです

ええと今日はなんの話題だっけな

最近は睡眠のバランスがちょうどいいですね
バランスというのは眠った後の熟睡感と睡眠時間です
健康的な睡眠は後に引きずるものがありませんので日常生活に
支障が出ません

後々考えてくることも少しずつ前向きになってゆくと思いますので

2011年6月23日木曜日

本物

インターネットを始めたのが確か98年くらい
その頃からホームページや掲示板をちょくちょく覗くようになりました
あの頃はドリームキャストがなぜ売れないのかという論争があって
僕はあのゲーム機をPS2として売っていたらどれだけの人間が幸せになったのだろうという言葉に頷きました
ご覧のとおりセガはコンシューマーゲーム機からは撤退しています
純粋なゲーム屋として任天堂には踏ん張って欲しいものがありますが
技術進化の早いITからの参入も歓迎したいところです

企業の純粋な目的って結局営利なんですよね
人助けをするためにやる慈善事業とは又違うという側面を考えました

でもこれからの企業体質ってどうなるのでしょうねぇ
我々は生き残りをかけて××に参入しなくてはいけない
よく聞く言葉なんですが実際頼んでもみないことなんですよね
こんないいものがあるぞ、これならほかの国の人達にも喜んでもらえるかもしれない

そもそもこういう当たり前の思想がごっそり抜け落ちてしまったのが
ドリームキャストのような悲劇を産んでしまったのかなぁと

悪く言うつもりはないですが実際中身の伴わない事実って多いです
偽物が本物に見えたり、また本物が偽物になってしまう

あれからあっという間に時間は過ぎてしまいました

2011年6月22日水曜日

感受性

街ですれ違う人にたまに目を奪われる時があるよなあ
あんな過激な服装で一体家からどうやってきたんだろう
大人になるとどうしても他人との距離を推し量ってしまいます
本当はきわどいファッションをした女性をチラ見だけじゃなく一体どういう仕組みになっているのか観察したり
そこまで行けば迷惑でしょうし
よく誘惑の仕組みって一体どうなってるのか知りたいくらいですよ
煩悩の問題は置いといて
最近は赤ん坊の鳴き声に敏感ですね
どんな赤ん坊だろうとちょっとのぞきにいきたくなります
あの全身感受性の塊のような存在は新たな刺激を与えてくれますね
自分もあれくらいスカっと大泣きしたらストレスもなくなるだろうなぁと

恥らいもなく躊躇いもなくいい意味でいろんな感性を秘めている赤ん坊

最近、打ちのめされた後昼寝をして起きたら頭がスカっとしますね

家族社会

結局、肉親だろうが近所にいる人だろうが
疎遠な人は疎遠なんですよね
ちょっとネガティブな見出しで始まりましたが
世の中にはこうでなきゃいけない、とか当然でしょなんて見方が稀にありますますが
いまの社会構造の腐敗化を見れば
もっと新たなつながりが必要だと感じました
無縁社会なら無縁なりのつながりを作る
ネットなど遠くの人たちや趣味の合う人達をさがす最も良い方法なのですが
やはり画面越しにコミュニケーションを取ることはそれ相応のリスクと現実性の乏しさを知らなくてはいけません

僕は社会に出ればすぐにとは言いませんが
何となくこの人とは何かの縁があって出会ったと思い
人と人が巡り会うには何らかの理由がある
きっと何らかの家族なんだなとうっすら思うようになりました

人が孤独になるには二つの理由があって
社会と自分が信じられなくなってひきこもるケースや
強制的に隔離される因果などもあります

ともあれ孤独を理解されないなどという考えは今はおいておくべきかもしれません

僕はどちらかと言えば肉親を選ぶタイプですが
よーく見ると世の中って自分の子どもや果てや孫のような人がゴロゴロ居るような気がするのです
そう言うのを考えると生きてるのってのもまんざらじゃない気がします。

2011年6月16日木曜日

ブログ

え~これまで色々とブログを渡り転々としてきた私ですが
ここに来て止まってしまったものがたくさんあります今日はその理由(言い訳)を述べたいと思います

θ
最近書いていて思うのですがネタと現実の境界がなくなりつつあるなと
特にこれを描いてて思うのは個人を特定する以上のヤバい素性を表してしまうんじゃないかと
いうなれば人を神様にたとえて寸劇などもっての外じゃないかというマインドBの声で凍結しました
これを見るくらいなら橋田壽賀子のドラマを見たほうが早いんです

豆仏の掌と巨神の歩と熾天の声
パートナーがいなくなってしまったんですもの(泣き)
それ以来店に介入することがめっきり減って少しだけの野心(店を拡張する)も自然消滅してしまいました

止揚6000
個人的にこれが一番楽しかったブログですね
ミニカー集めは少々財布にしんどいものがありましたけれど
ギフティッドチャイルドが集まってくる間は本当にわくわくしていました
白馬を手にしたとき達成感みたいなものを大きく味わってしまいしまい
収集欲もほとんどなくなりました
もうこれで完結したも同然かな


STAMINA
これは自分でも理由の分からない自然消滅です
結構家庭料理って人によって同じ料理でも千差万別ですよね

こう考えるならブログもまだまだ可能性のある表現媒体です
単に考えや写真を載せるだけでなく事実をありのままに告白する勇気も必要です
こう言うのもありだって思えばなんだって形にすることができる

少し休んでまた次のブログを考えようかと思ってます。

2011年6月15日水曜日

支柱

これはフィクションです

第二次世界大戦
インドは海上では無敵と言われるボートを持っていた
名はイカロス
超高速のエンジンを搭載し
前方に超巨大なミサイルを打ち込むことができる
職人技が必要だった当時
イカロスはインドの職人の誇りだった
ただあんな事が起こるまでは

大戦も末期
イカロスは任務をいつもどおり遂行しようとした
狙うは連合国の駆逐艦
海上では負けなしだったからいつものように超高速エンジンで近づいていった

ところがそのイカロスが一発の弾頭で沈むことになる
上空からの一撃
海上では速くとも空中の時代になるともはや使いものにならないことが判明した
インド人の誇りだったイカロスは煙を上げ沈んでいった

いつからか職人の間では誇りに且つ無敵と思われた史上最大の軍艦はここでピリオドを打った

とまぁ夢をみたことをそのまま羅列したんですが
自分にとってイカロスは甲子園球場のようなものです
時代は移れど何時までも精神の支柱に居る
テクノロジーや時代の合理性で消えてしまったものは多々あります
しかし残ったものも少なからずあります
みなさんの精神の支柱はどうでしょうか

2011年6月13日月曜日

野心

その人にとって印象深い出会いってありますよね
これは革新的だ、思い出深いってものが
僕は楽器で言えばサンプラーとシーケンサーなどが代表たるものです

その後ボーカロイドやパソコンベースの制作形態へと時代は変わっていくのですが
自分の中ではもうあんな野心が充満するような楽器は出ないのかしらと
少し残念ですね

ゲーム機ではWii U たるものが姿を表しましたが
正直ミドルサイズの携帯型ゲーム機って言うジャンルを確立してくれたほうがありがたいです

食指が動くのは今はそれくらいですかね

タッチパネルと薄型の液晶
この組み合わせはアイパッドやアンドロイド端末などが最もたるものです
正直コレを使いこなせればもうPCや携帯は殆ど使わなくていいやと思う人が多いと思います

汎用機の出番は置いといて
果たしてこれらがスタンドアローンになる日が近いのか
鍵はアプリにあると思います。

2011年5月30日月曜日

oh miso siru

もう既に自分なかでは佳境を迎えた人生ですけれど
掘れば彫るほどやらなきゃいけないことが出てくる出てくる
これは如何に自分が世の中を甘く見ていた証拠なのでしょうけれど
もう少し世の中って節度を持った空間だと思ってた
と思うのは僕だけじゃないはずです

とりあえずゴリ押しだろうが這いつくばってでも前に進みます
これは立ち止まったら雪ダルマ式にいろいろなものが溜まっているんですね

たしかにトラブルはチャンスなのは確かなのです
しかし個人の限界を越える時までもう間もないのです

自分の中のゴールと世間が認めるゴール
これらが一緒になって
全てが収束に向かうのでしょう

2011年5月26日木曜日

コンソメスープ

長い間ブログをやっていると少しだけ振り返る機会があります
自分の頭の中ではこういう表現がしたい
だけど術を知らない
もともと技術がイメージに追いついただけでこういう世界は多分最初から持っていたのでしょう
昔を振り返ると
やはり迷っているなと。。。
自分を真剣に見つめてくれる人は多分ニヤリとすることが多かったでしょう
現在でも最大の目標である
コミュニティの一環を創り上げるまで至っていません
しかし、いまさらながらこういうのって結構財産に当たるんじゃないかなと
病院のお医者さんのカルテのように最初は見ていましたが
今なら答えを用意できるような気がするのです
また新たな答えを用意できる日が来るまで
ちょっと堅苦しいですけれど。

2011年5月16日月曜日

因果

人間は本来解放されていると仮定する
しかしこの不自由さや憂鬱な気分は一体どこから来るのだろうか
本来ならそれが生まれつきといえば話は軽く済むのかもしれない

しかし自分はそれが自分の内側から原因になっている
いわば因果の果てがそういう状況を作った原因となるだろう

具体的に因果とは未来や過去現在、あらゆる場面において他人に効果を発するものだ
だから未来など知る由もなければ過去など記憶がなければ全く理不尽なのだ

此処で言う怨念
因果はほっておくとこれらに昇華される

私は思うこの世が時に前世や未来の罪を償う刑務所のように
言葉は悪いがそう思ってしまうと同時に
まだまだ世界はこんなモノではなくまた自分の可能性もまだまだいけると

2011年5月14日土曜日

気付いたこと

今置かれている立場を捉えように依っては一番恵まれている環境かもしれない

但し自分の心のなかではもっといい環境に行きたい、もっと自分を評価してくれる環境があるのではないだろうか

結論から言えばそれは自分がまだ見出していない未熟な部分の露呈かもしれないのだ
既に自分のことを評価してくれている人はそばにはいるし、捉えように依っては自分を活かす最良の環境が提供されているのかもしれない

なんどもトランプのババを引いたかのように次の環境、次の環境へ闇雲に進むことはあまりいいことだとは思わない

人も環境も自分で選ぶものだと考えていた
たしかにそう言う部分もあるだろう

しかし神様がもういいよというサインが出るまで少しだけ辛抱してみるのもひとつの手段だ
何故なら代わり映えのしない現実がまた繰り返し襲ってくる可能性だってある

生きようと思ったら多少の辛さと理不尽な環境、人間関係を受け入れろってことかもしれない。

2011年5月7日土曜日

テクノロジー

タブレットPCが欲しくて欲しくて我慢できず
モトローラのXOOMを購入しました
これで紙のノートとおさらばできるとほっとしたのもつかの間

入力方式がこれまでの携帯をでかくした感じ。。。。
これは。。。。
目一杯失敗したと感じました
事前に調べが甘かったとして
ブラインドタッチはちと厳しいかなと
キータッチなしにはキーボードは語れないことは置いといて
手書きの自由さや快適さになかなうものはないと感じた一瞬でした

そのうちアプリのマーケットを掘っていけば見つかるかもしれません
手書きのIME。
正直キーボードの変換技術を利用して書いていても
手応えが余りありません

難しい漢字は苦労してでも自分の力で書く
書けない漢字は変換しない

これって現代の作曲技術にも似てると思いますね
これは楽器の弾けない人のフレーズだと分るように

文学もこれからどんどん進歩するでしょう
テクノロジーが押し上げるものがどれほどかはわかりませんが
だんだんと無味乾燥状態になれば本末転倒です
と言いつつも
タブレット端末っていいなぁ。。これ一台でいろんな文章がポン出しできれば

2011年4月25日月曜日

うむ

最近めっきり書くことがなくなった事態です
職業作家でもない限りこんなことで悩む必要はないのですけれど

なんか引っかかるんだよね

趣味は生活に彩りを与えます
その彩りが少しづつ褪せてゆくのを見ると
こりゃいかん
造花でも飾って置かなければという気分になります

実生活とも切っては切れないでしょう
現実は結構思ったより厳しくまた自分を象ってくれます

良い文章が書けなくなった
それは少し自分の現実を疑う時かもしれません

2011年4月13日水曜日

家族

自分には姉のような人がいます
そして妹のような人もいます
どちらも今の自分にはなくてはならない存在です

つぶさに観察すると
しっかり者の姉のほうが結構奔放だったりします
逆に妹のほうがなんというか
あっけらかんとしてるように見えて重いものを背負っています

大変さはどれも一緒です
こう考えるなら父親と母親も同じくらい違いがあるんです

父親はいうなれば独りで十字架を背負って立たなければいけない
母親は泣き言を言わず動きまわらなければいけない

それぞれの役割、仕事を理解した上で自分の役割を自覚せねばなりません

とりあえず母親には頼りっぱなしかもしれません
また父親には敬意が足りないのかもしれません

家族は厳格に別れ互いを理解し時に折衝してともに進んでゆくのでしょう。
兄と弟に関してですが今回は割愛します
これもまた深い。。。

2011年4月11日月曜日

Venus

神様はどこかで自分を見てくれると思う
そして自分には嘘はつけない
きっと神様を欺いていることは自分自身を何よりも欺いていることにほかならない
ここに来て最短距離な生き方を模索するようになった
自分にはその方があっているようだし
なんだか達成感もひとしおだし
まずは自分の心の声を聞くこと
素になって本当の言葉を出すこと

きっとね自分は思ったほど綺麗でもなくましてや誰かに傷つけられなかったわけでもない
誰かを守るためでもなく
ましてや自分のためでもなく
ただ進んでいくそんな不思議な力が中に潜んでいると思う。

2011年4月10日日曜日

三つ子の魂百まで

これってすごく悩んでいる言葉なんですね
あぁなるほどって思う反面いつまで続くんだろうっていう不安
とりあえず魂の完成というものはものすごく早い時期に訪れるんです
気がつくままに人生はあっとう言う間に過ぎ去り
変わっていないのは自分だけという現実に気づき
傷つき疲れ果て
眠っては倒れ
眠っては倒れの繰り返し

今自分がどこへ向かっているのか
どこに居るのか
それすらもわかりません

ただ自分は思った以上に他人より脆いということでしょう

成長したなと思う瞬間は傷つかないようにこれ以上痛い思いをしないように
図太い鎧を装着した時でしょう

結局今在りたい姿というのは
生まれたままの自分のあり方ということなんでしょうけどね。

2011年4月6日水曜日

こういうのってありなのかな?
そうポツリと思うとき
時代が変わり人も変わりいいんじゃないという人が増えてきたらそれはスタンダードです
常識というものはあくまで過去の人が都合の良いように決めたことで未来の常識は
いつだって生まれているのです。

今一番考えていること
それは色の種類です
鏡の色、ガラス越しの透明な色、光のプリズム
例を挙げればキリがありませんが
どれもいまのクレヨンや絵の具では表現できません
ゼロって数字かなって言われるのと同様
これってありなのかな?
もしかしたら完全に自分の造語みたいなものを常套句だと
高らかに宣言してるんじゃないんだろうか
こういう線引きはなぜ難しいのか
そりゃ前に聳え立つ人がたくさんいるからですよ
世の中は自分の常識に結構シビアに反応します
どこの世界に行っても保守はあります
それぞれ個人の考えについていけない人などたくさんいるんです。

最近前に進めてるような気がします
背中を押してくれる人が増えたからなのでしょう

2011年3月30日水曜日

本音

思いついたらやってみよう
そういうスタンスでブログを展開しております
中には突然自然淘汰されるものも少なくありません
神様の劇場θは無期限で凍結させてもらいます

そのかわり生活とより密着させるものも生まれている事は事実です。

最近なにかブログやってて楽しくないんだとつぶやき始めたら
それはリアルな声を届けていない証拠です
ここだけの話
ノルマのようにやってて人気のあるブログはあります
しかし自分のお気に入りこそがすべての原動力なのも事実です。

2011年3月24日木曜日

思惑

結構しんどいっすね、と最近思うようになりました
と同時に出口も見えてきたのは確かなことです
要は世の中を少しどころかかなり甘く見ていました。
現実のどうしようもない問題
夢の果てしない恐怖
この二つは相互に影響を与え合っています

現実でどうしようもない問題に直面したとき
ポッカリと答えが見つかることもあります

それはお風呂につかってる時だったり
夢を見ている時だったり
頭を少し空っぽにすると解決の糸口は見つかったりします。

最近は問題が山積みになればなるほど夢に解いてもらっています

今は特に学問が少しヤバイんじゃないかと思っています
数学のテストで人生で初めて〇点の答案を弾きだしたのですから

もちろん夢の中ですが
こうやって少しづつ進んでゆくのです。

2011年3月19日土曜日

ライフ

これまでの生き方と比較してこれからの自分の人生を占うと
自分の力ではどうしようもないことが必ず起きるということでしょう
有効な処方箋はこれといってありません
だからドラスティックな方向に走る時がある
人との線をバッサリ切ってしまったこともありました
自分をかなぐり捨て去ることもしました
結局今思えば必要なことではあったがそこまでする必要性はなかった
というのが結論です
周りを見渡せば自分を導いてくれる人たちはたくさんいたのですから
でもこれからも問題はパワーアップして僕の人生に襲いかかってくることでしょう
でもそれがどうしたということです
乗り越えられない問題など決して自分には降りかかってこないのですから
心がパニックでも平静をいつでも取り戻す
そんな感じで進んでいこうと思います

2011年3月14日月曜日

未来

漠然としたことを考えたことがあります
未来を予知できることがある程度は出来るのかもしれない

こう考えたことがあります
既に全てにおいて完成された分野が存在する

完成されたこと呼びましょう

これだけ物質や情報にあふれた社会でも確かに行き着く先はあります
徹底的な合理化と便利な世界です
引き換えに失うものは多分抱えきれない孤独

此処に来てまだ未完成な分野があります
それは心の豊かさとしあわせ
心というものは多分誰も見透かすことはできないと思います
それだけ複雑且つ不確実なんです


テレビのない世界でも幸せにはなれます
ましてや機械のない世界でも十分可能なのかもしれません

まずは人との摩擦からですね
どんどん他人と触れ合うことによって人間のよさを吸収すれば
たとえ貧しい生活でも本人が幸せと思えばそれでいいのです。

2011年3月6日日曜日

ミクロの王様

世界をどう捉えるかによって自分のあり方は変わる
世界は無限に広がる開放型か、無限にループする循環型か

宇宙レベルで考えれば前者かもしれません
大雑把にいって地球ほどのミクロの世界では何が起こるかわかりません
要は不確実なことが多すぎるんですね

ですから宇宙の視点で言えば地球のことなど些細なコトかもしれません
しかし地球から言わせてもらえればこれ程面白い世界はありません。

なんというか男と女というのか何時まで経っても平行線です。

でも此処はすごく鏡の多い場所だと思いますね
いい意味でも悪い意味でも
少し不自由なくらいが丁度良く、あまり心の矩を外し過ぎると難波してしまいそうです

今はとりあえず時計をじっとにらめっこしている時間が多く
やはり宇宙は循環型かなと思う次第ですが
規模のケタが違うだろうということにうすうす感づいています
少しは物怖じしなくなったでしょうか。。。。

2011年3月5日土曜日

探検発見ボクの町 コンビニ篇

時代は流れどやってることはよーく見ると大差はない
そんな今日この頃です


街を歩くと昔はいろいろな商店街がひしめき合っていたが
今は昔、専門店は皆郊外の大型ショッピングモールや都心の大デパートへ

思うにこんなことならこんな郊外にしか出来ないことだって有る
地域の触れ合いの場や憩いの場、果てや議論の場にすることだってできる
ちょっと主観でしたか。。。

ま、ともあれコンビニの数はそう変わらないのである
サービスや品揃えがかなり充実しているのでこれから先スーパーや商店街とのかね合わせでしょう

個人的に財布のひもがかなりがちがちになってしまい
煙草の値上げがかなり自分を逼迫しているような気がします

要は吸わなくなればいいのです

しかし今度携帯キャリアがだしてくるアンドロイドの端末が楽しみでしょうがないのである
携帯電話の三倍くらいの広さがあれば自由にアイデアを描けるしね

生活はたしかに蛋白になっていくかもしれない
しかし、人との繋がりをしっかり意識していけばこれは必然の習わしだということに気づくのでしょう。

2011年2月28日月曜日

国家

孫の代まで考えると少しは気持ちがおおらかになるのかも
中東からアフリカ、中国、北朝鮮
変革の時期に入っていると思います
もちろん日本もその中に入っています

社会保障云々に孫の代、それ以上の代に膨大な借金を残して死んでいいのか
税率を上げたり法人税を下げたりするのでは間に合わないと思います

徳政令という言葉を聞いたことがあると思います
要は借金をちゃらにしてしまうこと
国債を一度ゼロに戻す

こうなると二度と国の信用は戻りません
国債は二度と発行できないと言って過言ではないでしょう

それは今の日本の制度と枠組みであっての話
一度日本という国を解体して再構築
道州制よりさらに一歩踏み出した国の枠組みを作れば
借金をちゃらにしても信用は戻せます

問題発言なのですが
もう日本という一つの国家は無くなっているかもしくは破錠しているのかもしれません

ですから全く新しい国の枠組みをこれから夢想してみてはいかかでしょう。

2011年2月24日木曜日

タッグ

車の進化を考える
ご存知のとおり石油を使う内燃機関のエンジンの車では未来は余り無いでしょう
石油の不安定な供給価格
環境問題
騒音

未来に必要な車はこれらの問題を解決すること
ここに来て
ハイブリッドカーなるものが現れました
モーターとバッテリーを組み合わせることで効率のよい運転ができる
ただ石油を使うことは同じで
この車もいつかはなくなるのかもしれません

では何が本命なのか
二つ挙げると
電気自動車
燃料電池車

電気自動車はようやく陽の目を浴びることになりましたが
航続距離やインフラ
価格の面から未だに普及のめどは付き始めたばかりです
一方の燃料電池車
水素を燃料に電気分解でモーターを走らせます
出てきた当時は一億円近くしました
これもインフラが不透明なのと
水素を作るのには天然ガスが必要なこと
これも有限です

本命は家電メーカーとタッグを組んで作る電気自動車と思っています
リチウムイオンやポリマー電池の生産を委託しているのはご存知ですが
制御機能やインパネなどの開発の連携を強めれば
ただ単に運ぶだけの乗り物が夢のようなものに変わるのかもしれません

ぶっちゃけ車はもはや自動車メーカー
しかも大手だけが率先してつくるようなものではもう無くなっているのかもしれません

2011年2月21日月曜日

発見

無駄なことは何一つなかったこと
必ずどこかで誰かが自分のことを見ていること

何となくわかりました
インドの数学者がゼロを発見したこと
これは何となく必然のような気がします

ここに来てゼロとは空位なのか無なのか
その結論も出てきたような気がします
自分がインターネットの書き込みやHPを見る時
これは完全に頭は空っぽです

自分独りで妄想に悶絶しているとき
いろんなモノが頭の中を入り乱れている
これが無の状態

勉強をしているとき
頭を使っているとき
雑巾を絞っているような感覚
広がっていくような感覚
二つの無限と呼んでいます。

空位は一の前に来たり、桁を数えるときに簡単にします
一方で無は状態のことです

その状態が問題なのです
複雑に見えてビックリマークとはてなの繰り返しだとしたら
なんだかなぁと同時になんだと安堵してしまう自分がいます

頭を空っぽにすることって結構リラックスしないとできないことであります
そして詰め込みすぎた頭に何かを与えてくれるような気がします
結局ゼロは厳密に言えば存在しないものなのでしょう。

革命

2011年は世界情勢が激動した年になるのかもしれません
独裁や社会体制のうねりがどんどん崩れていっています
所謂革命
ここに来て国家に於ける幸福指数というものも見逃すわけには行きません
どんなにGDPが豊かでも
個人の稼ぎや富の再分配など
表面的な、一元的な数字では推し量れないものもあることは事実です

北欧や西洋は社会保障や教育の面で充実しています
税金はその分高めですが
老後の生活に不安を覚えるような社会にはなりたくはありません。

鍵は人の流れが担っていると思います
インターネットが広まりいろいろな人の意見が聞けるようになった今
自分と同じ志を持った人間を見つけたり
真逆の考えを持った人との交流を深めるのもいいのかもしれません。
とにかく一元的な考えはもういいということですね。

2011年2月13日日曜日

あば3

普段使う言葉は多分全て文字に変換できるでしょう
頻度が高いものはひらがな、カタカナ、漢字、数字、アルファベット
今回は数字に関してなのですが
プラスやマイナス、イコール、シャープ
数字以外にもいろいろな記号があります
決して1から9までのシンプルな文字を使うだけではないのです
しかしこれらは言葉にはほぼ変換不能で
私たちがしゃべっている言葉は本当はすごく初歩的な部分なのかもしれません
数学だって今高校まで習っている分野は
難しいのですがやはり実用の範囲で言えば初等的で今ある世界を表現しようとしたら
うまく変換できないでしょう
これからも言葉や数学はどんどんパワーアップを繰り返し私たちの目の前に現れるかもしれません
余談ですが
数字よりももっと馴染みの深いものがあります
それはシンボルマークなどのシンプルな絵です
これこそ小さな子供にも理解でき
万国共通の概念に等しいと思います
要は分かりやすいものが一番難しい
考える事やそもそも筋道を建てることは
万人にも伝えやすく物事を極力シンプルにすることを怠ってはいけないと思います

2011年2月10日木曜日

ゲーム論

限って言えば家庭用ゲームなどの娯楽ゲームはあまり実用的ではありません
なぜなら殆どは開発者の虚構と妄想で創り上げられたものだからです
それならばと
体を動かすスポーツや頭を働かせる将棋や囲碁など
これならば実用的だと言えるかもしれません

しかし
それだけで終わるには少し勿体無いです
虚構や妄想で終わるテレビゲームの世界
もう卒業してしまいそうな自分にはそれだけでは語れない何かがあるような気がするのです
もし
自分の世界が今と違っていたら
げーむのようなせかいとはいかなくとも
二次元の子どもの描いたような世界だったら
戦争バリバリのエイリアンとの抗争状態だったら
そんなifを叶えてくれる夢のような世界だったのかもしれません
特に子どもが主人公だなんてありえない
ゲームは所詮仮想現実に過ぎないよ
僕はいつもテレビゲームを現実からの逃避の場だと感じていましたが
それは開発者、作り手の思想からも伝わってきたのかもしれません

まだまだこんなもんじゃないんだけどね。

2011年2月9日水曜日

Top

税金の使い道を決めることが政治かも

それなら、国会議員は自らの定数と給料を削減してから
国民に増税や国債などの財源確保を提示すべきなんですが
話は簡単ではないですね
大相撲の八百長問題もさながら
組織の透明化というものが急がれている現在だと思います
そして納得させなくてはいけない
何か有耶無耶になっている原因の一つ
トップの舵取りのあやふやさが一つの原因だと思います

かといってただ首を頻繁にすげ替えるだけではなんの解決にもなりません
この際全く別の分野のプロフェッショナルを監査に入れるだけでも随分いいと思います

この国はスポーツならそれだけをやってきた人
勉強ならその分野の勉強をし続けた人がトップになることが多すぎて
物事を多角的に考える能力が余り無いような気がします
もちろん決断力も必要です柔軟性も必要です
ここに来てこの世の中何が必ず必要かもわからない時代なのです。

2011年2月7日月曜日

至福

最近楽しみにしてることってなんだろう
自問すると
外で夜空を見上げながらセブンスター吸うくらいかな
あっNBAのゲームをするのもいい
楽しみというものは独りで作る物

すごく孤独な作業に
希望や夢を見出すこと

いつの間にそんなことになったかはわかりませんが
時間やノルマに追われ続ける生活
静かな楽しみが自然と求められる生活なのかもしれません。

2011年1月30日日曜日

クロムOSを触って

ブラウザをグーグルのクロムにしています、ウェブアプリが起動でき簡易なメモ帳とスプレッドシートが走ります。今のところ有料でも試してみたいアプリはなく、これからの試してみようと思います。一応クロムが走るパソコンなら機種もOSも問いません。ストレージもいらないかもしれない。グーグルの無料文化の影響はとてつもなく大きく、これがなければインターネットはやめていたかもしれません。どこへ行っても同じ環境。すでに雲のように現実に溶け込んでますよね。


-- iPhoneから送信

2011年1月25日火曜日

こんな私を微笑ってよ


どこにいてもついてくる因果は振りほどけるのであろうか

そんな事を考える余裕すらない…

いくら自業自得とはいえ恥のかき捨てだよ。

これで終わります。

-- iPhoneから送信

2011年1月21日金曜日

スローライフ

テレビのスローネットというテーマを聞いて
ネットとはつまるところ人間の一番大事な部分を割いて
時間にも人にも物にも追われる生活を余儀なくされているという現実
民主主義には時間がかかり
ネットのような瞬時に決まる世界は
ますます自分たちの居場所を狭めているような気がするのです
食べログやまちBBSのように
ネットは普段ローカルな目線で付き合うといい発見があり
まさに普段の感性というものは
スローなー生活に研ぎ澄ますものだということを実感します
もちろん
誰もが気付いていないことではないので
これからの気概でどうにでもなることではあります
同じ時間に同じ人、同じもの、同じことを繰り返すだけでは少し疲れてきました。

2011年1月20日木曜日

但し

三国志や志を継ぐ者は義に対して真摯でなければいけない
ちょっと独り言です

クラウドの環境が整ってきていて
どの端末でもブログが更新できる日も近いです
具体的にはネットカフェや別の建物のパソコン

ここに来てブログにもちょっとした著作権はあると思うこの頃です
やっぱり書き捨てのようで自分にしかないものを勝手に他人が堂々と引用していると頭に来ますから

とりあえず気分を一新してまた仕切りなおしをします

2011年1月15日土曜日

いってみよう、やってみよう

桜の季節が過ぎても君は近くにいるね
だったら最初からノックし続けて欲しいよ

久しぶりに紀伝体で参ります
コンビニエンスストアーを最初に見たときジャンプが早朝に買えるし
店内の明るい感じが好き
何より揃ってないものが余り無いしコンパクトな店内に整然と並べてあるエロ本も好き

話はともかく
ライフスタイルが大きく変わった一瞬です

しかし最近では飽和状態が続き閉店する店も少なくなくなった
ここ最近できた
100円均一のお店
生鮮食品
特に野菜や果物がおいてあるのは新鮮だ

本当におかしやカップ麺も100円で
贅沢な言い方だが少し値が張ってもいいものが食べたい時もある

しかし計算もしやすく
それ以上のものを買ってレジであっと言ってしまうことがなくなった

ともあれコンビニも差別化の時代である
自分としてはプレミアムコンビニが出来て
デパートで売っている生ハムやからすみが少し欲しいと思った
僕だけですか・・・
そういうわけで次回は家電量販店の中身をゲリラで見てまわる感想を予定してるのさ

2011年1月14日金曜日

Hot



最近辛かった昔を思い返す機会が増えたような気がする
心なしか安心出来る場所もできたような気がする
元気になれるところは多いほうが良い
何故か今は安心している。

2011年1月13日木曜日

ミラー

何となく暮らしが楽になってきました
理由は経済的なものではなくて未練のような目的が達成されたからでしょう
ネタは追々ばらすとして
自分の中では一応ではありますが理想の完成形が形になりました
なぜここまで時間がかかったのかも追々検証しましょう

2011年1月12日水曜日

至福

最近結構書くということを頻繁に行なっています
理由は至極簡単でもったいないからです
何がもったいないかはアイデアが渦のように煮えたぎっている状態を看過することです
アイデアは自分の生活や仕事に潤いを与えてくれます
どんなにささいな事でも書いてるうちに一気に昇華されることがあるのです

書いてるノートにはこだわりがありB5のハンディな物
書く筆記用具はボールペン

特にアイデアは転がっているわけでもなく
街を歩いていたり喧騒の中にいたり、静かな場所にいたり
様々なシチュエーションで起こりうるのです

うってつけの場所は喫茶店で
あの薄暗さ、匂い、音
頭を突き刺すような苦い珈琲

どれも至福の要素です

多分この文章にもそういったアイデアの片鱗が少し見えるのかも、しれません。

2011年1月8日土曜日

家族について

人間生きていればどこかで出会いがあるものです
一番最初の出会いは母親から
親子になった時点で家族の一員ということになるのですが
最近家族について考えることが多くなりました
自分の家族は妹と両親を含めて四人
祖父祖母は別居しているので完全な核家族です
この家族はとても自分にとって最重要な単位であって
すべての源はここから生まれてくると行っても過言ではありません
やはり血の繋がりというものがそうさせるのかも知れません
しかし
外に目を向ければ世の中の大半は赤の他人です
最初はもぅと溜息ばかりでしたが
考え方が少し変わりつつあります
父親と母親も最初は赤の他人同士
その他人同士がくっついていまの自分がいるわけですから

というわけで
将来、たくさんの見ず知らずの人間に囲まれても家族の一員だなと思えば
大きく変わることでしょう

2011年1月7日金曜日

レス社会

最近よくニュースで児童虐待や老人の孤独死の事件をよく耳にします
他人ごとには思えず
近い将来日本は高齢化と少子化、社会保障、財政の破綻から
大きな危機を迎えることは自明だと思います

景気を上げれば良い、またバブルを起こせば良い
問題がシンプルならそれで解決するでしょう

冒頭に挙げた無縁社会という単語
まさに危機というものはここから起こっているのかもしれないのです

単純に家族の中が離れてしまうとすれば頼る先は友人や会社、国ということになります
もともと収入が少ないから保護を受ける
国の歳出は増える
税収はもちろん減るから
完璧なスパイラルに陥る

今回は経済に関する話題は割愛しますが
税収の目減りにはいろいろな対抗策があります
まず若年層の人口の確保
これには若いカップルが必要です
外国からの労働人口を受け入れる手段もありますが
山のように問題が山積しているのは事実です
要するに定年後も子供のかわり、若年層のかわりに働かざるをえない人が増えてくる
無縁どころか定年もなければ年金もない
漠然とした不安を覚えずにはいられませんが
何とか生き抜くために知恵を絞らなければなりません

2011年1月5日水曜日

2011年あけましておめでとうだよお兄ちゃん

遅ればせながら新年の挨拶を申し上げます
他のブログと同様今年も盛り上げていきます。