今置かれている立場を捉えように依っては一番恵まれている環境かもしれない
但し自分の心のなかではもっといい環境に行きたい、もっと自分を評価してくれる環境があるのではないだろうか
結論から言えばそれは自分がまだ見出していない未熟な部分の露呈かもしれないのだ
既に自分のことを評価してくれている人はそばにはいるし、捉えように依っては自分を活かす最良の環境が提供されているのかもしれない
なんどもトランプのババを引いたかのように次の環境、次の環境へ闇雲に進むことはあまりいいことだとは思わない
人も環境も自分で選ぶものだと考えていた
たしかにそう言う部分もあるだろう
しかし神様がもういいよというサインが出るまで少しだけ辛抱してみるのもひとつの手段だ
何故なら代わり映えのしない現実がまた繰り返し襲ってくる可能性だってある
生きようと思ったら多少の辛さと理不尽な環境、人間関係を受け入れろってことかもしれない。
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