2011年4月25日月曜日

うむ

最近めっきり書くことがなくなった事態です
職業作家でもない限りこんなことで悩む必要はないのですけれど

なんか引っかかるんだよね

趣味は生活に彩りを与えます
その彩りが少しづつ褪せてゆくのを見ると
こりゃいかん
造花でも飾って置かなければという気分になります

実生活とも切っては切れないでしょう
現実は結構思ったより厳しくまた自分を象ってくれます

良い文章が書けなくなった
それは少し自分の現実を疑う時かもしれません

2011年4月13日水曜日

家族

自分には姉のような人がいます
そして妹のような人もいます
どちらも今の自分にはなくてはならない存在です

つぶさに観察すると
しっかり者の姉のほうが結構奔放だったりします
逆に妹のほうがなんというか
あっけらかんとしてるように見えて重いものを背負っています

大変さはどれも一緒です
こう考えるなら父親と母親も同じくらい違いがあるんです

父親はいうなれば独りで十字架を背負って立たなければいけない
母親は泣き言を言わず動きまわらなければいけない

それぞれの役割、仕事を理解した上で自分の役割を自覚せねばなりません

とりあえず母親には頼りっぱなしかもしれません
また父親には敬意が足りないのかもしれません

家族は厳格に別れ互いを理解し時に折衝してともに進んでゆくのでしょう。
兄と弟に関してですが今回は割愛します
これもまた深い。。。

2011年4月11日月曜日

Venus

神様はどこかで自分を見てくれると思う
そして自分には嘘はつけない
きっと神様を欺いていることは自分自身を何よりも欺いていることにほかならない
ここに来て最短距離な生き方を模索するようになった
自分にはその方があっているようだし
なんだか達成感もひとしおだし
まずは自分の心の声を聞くこと
素になって本当の言葉を出すこと

きっとね自分は思ったほど綺麗でもなくましてや誰かに傷つけられなかったわけでもない
誰かを守るためでもなく
ましてや自分のためでもなく
ただ進んでいくそんな不思議な力が中に潜んでいると思う。

2011年4月10日日曜日

三つ子の魂百まで

これってすごく悩んでいる言葉なんですね
あぁなるほどって思う反面いつまで続くんだろうっていう不安
とりあえず魂の完成というものはものすごく早い時期に訪れるんです
気がつくままに人生はあっとう言う間に過ぎ去り
変わっていないのは自分だけという現実に気づき
傷つき疲れ果て
眠っては倒れ
眠っては倒れの繰り返し

今自分がどこへ向かっているのか
どこに居るのか
それすらもわかりません

ただ自分は思った以上に他人より脆いということでしょう

成長したなと思う瞬間は傷つかないようにこれ以上痛い思いをしないように
図太い鎧を装着した時でしょう

結局今在りたい姿というのは
生まれたままの自分のあり方ということなんでしょうけどね。

2011年4月6日水曜日

こういうのってありなのかな?
そうポツリと思うとき
時代が変わり人も変わりいいんじゃないという人が増えてきたらそれはスタンダードです
常識というものはあくまで過去の人が都合の良いように決めたことで未来の常識は
いつだって生まれているのです。

今一番考えていること
それは色の種類です
鏡の色、ガラス越しの透明な色、光のプリズム
例を挙げればキリがありませんが
どれもいまのクレヨンや絵の具では表現できません
ゼロって数字かなって言われるのと同様
これってありなのかな?
もしかしたら完全に自分の造語みたいなものを常套句だと
高らかに宣言してるんじゃないんだろうか
こういう線引きはなぜ難しいのか
そりゃ前に聳え立つ人がたくさんいるからですよ
世の中は自分の常識に結構シビアに反応します
どこの世界に行っても保守はあります
それぞれ個人の考えについていけない人などたくさんいるんです。

最近前に進めてるような気がします
背中を押してくれる人が増えたからなのでしょう