2010年7月31日土曜日

ふふふ

次は触覚に関してです

自分にとって一番大事な感覚
聴覚とも視覚とも言いたいですが

触覚が一番です

触覚は体の至る所にあり
感じる強度はまばらです
特に痛みや熱は重要で
人間の限界、すなわち生きていることを実感させます

ちょっと硬いですが
最近タッチパネル仕様のデジタル端末が出始めて
タブレット入力ならともかく
ボタンもない機器をタッチで操作するのは極めて希薄です
何が希薄なのかは実感なのです
リアルな言葉、リアルな感情というものは接触を除けばありえません

かろうじてこの文字を打ち込むさい
キーボードを使ってはいますが
いずれなくなってしまうかも知れません

ノートパソコンのタッチとデスクトップのタッチも微妙に違いますね

要することに触れることはコミュニケーションの第一歩
触らずに相手を決め付けることはとても悲しいことだなと思います

デジタル好きの自分には矛盾はしていますが
無くしたくないもの
アナログや昔のものからとっぱらってはいけないものがあるのだなと思うのです。

うん

人間には主に五感という感じるものがあります
視覚
聴覚
触覚
嗅覚
味覚

主にデジタルで表現するものは視覚と聴覚
メディア成らぬ
目でイヤー

もうウンザリするくらいこの器官は酷使してるのです
主に思うことは私たちは目で見ることに慣れすぎたのかなといった印象です
言葉を変えれば頼りすぎてしまった
映像が立体になる前に
音響が5,1chになる前に
嗅覚や
触覚をもっと使って欲しかった
テレビゲームは触った感触を楽しむものですが
コンテンツにもっと幅が欲しい
アニメや娯楽作品ばかりではなく
教養に関してのコンテンツです

生きている限り
私たちは
痛いことや苦しいこと
果てや辛いことをどんどん吸収します
そんな時にこの五感こそがそれらをリアルにしてくる貴重なものではないでしょうか

2010年7月24日土曜日

ははは

恋愛ざたもいざこざも皆話題はいつも共通さ
あなたのあそこは何センチなの


本当にこれでイイのかでお送りします

完成されたものというのはとりあえず不平や不満が出ないものです
いきなりもう満足という感情が湧いてくる
そういうものをずっと待っていました

問題は自分が感じることが万国共通ではないのです
感情は共有することができても
同じというわけには行きません
微妙に微妙に違ったさというものが実は大きい
DNAがたとえ1%違ったとしてもまるで別の生き物のように
矛盾や嘘は時として大きく出てくると思うのです。

2010年7月20日火曜日

ららら

最大の山場が終わり
これからの人生どう整理するかなんですが、本当に長くて険しかったよw
至福とは全てを受け入れて完成し
まだ苦手なものを少しでも減らすのです。
ですからもうすこしだけ僕の戯言に付き合ってくださいね。


-- 自分のiPhoneから発送する

2010年7月17日土曜日

変化

一度きりの人生、せめて後悔の無いように生きようぜ
見逃し三振よりスリーバント失敗の方が絵的に悪いのはこれ如何に?

今日も趣向を変えてお送りします

朝無性に甘いモノが飲みたくなる
決まってコーラかファンタなどの清涼飲料水を買う
もちろん自動販売機で買う

最近は近くにコンビニがなくなってしまい
種類も限られてはいるし値段も張る

そんな時便利なのが24時間営業のスーパーマーケット
大型冷蔵庫という表現が正しく
どうせ冷蔵するなら営業していたほうがましだという考えなのだろう

隣には31のアイスクリーム店
もちろん通常営業

コンビニでしかできない芸当は五萬とある
あのコンパクトな店舗に必要最低限に詰め込んだ品揃え
惣菜も店舗により個性的だ

自動販売機はタバコと飲料水が主だが
タバコはタスポという身分証明書が必要となった
これでは対面で買ったほうが手っ取り早い

これからは次世代の自動販売機
次世代のコンビニ
これらが生活をどう変えるか
例えばコンビニは
生野菜や高級な食材を使ったプレミアムな店舗

自動販売機も挽きたての珈琲やカップラーメンの自動販売機などいいかも知れない
生活は無機質になっていくかも知れない
便利になったらなった分別の部分にエネルギーを注げるのなら
この進化は必然であり
時代は必要としているのかも知れない

2010年7月15日木曜日

タブレット


勢いでアンドロイド端末を買ってしまいました
値段はそれ相応なので期待してませんでしたが
ネットを少し見るのとなにより音楽再生プレーヤーとしてジャストフィットです
こうして使ってみると手描き認識ならもう少し画面サイズが欲しいです

学校の勉強にこれを持ち出せるのなら
勉強は遊びの一部だなとしみじみ思うことでしょう
うんうん

2010年7月10日土曜日

文字

自分にとって言葉とは文字と密接になってます
文字はご存知の通りたくさんの言語と共に存在しています
一番目にするのがひらがな、カタカナ、漢字、アルファベット、数字
くらいでしょうか
デザインに優れてかついいたことが結構言えちゃうアルファベット
頭を磨くのに最適な漢字
読み方を手っ取り早く索引できるひらがな
計算には必要不可欠な数字

こうして見るとその文字にしか出来ないことはたくさんあり
これからも棲み分けて使うのでしょう

最近はハングルがちょっとだけ気になってます
パーツを組み合わせて作るのが何となく化学式に似てるじゃないですか

問題点として文字はツールであって言葉として話し始めるにはそれなりの根気と努力が必要な点でしょうか

ノートにいろいろな文字で企画書を作ると結構刺激があります
闇鍋にも似たこの癖になる混沌
世界共通言語を模索するのも面白いかも知れませんね

文豪

文章を量産している自分にとって書く事は記録すると同時に
頭の中を整理することでもあります
結構忘れることって一杯ありますから
書いてるだけでセラピーにもなる

描いている文章はスラスラっと出る時もあれば
捻り出すとき
イメージしたものを書いてみるなど
いろいろな種類があります

時々言葉に変換できずにもやもやすることもありますが
この不自由な空間がときたまらなくなる


他人の文章はよく掲示板などでみます
散発ものばかりですが
一行で伝わる文章こそ本物だなと勝手に解釈しています

次回は文字について詳しく掘り下げようと思います

2010年7月9日金曜日

hop

テーマは生きること

生き甲斐を見つけるといいですね
何をやっても満たされないときはあります
そんな時やりがいのあることがあれば苦しくないのです

自分にとって最大のテーマとは何かを考えること
芸術
学問
スポーツ
仕事


やはり何をするにもお腹がいっぱいになりたい
そんな時人生の最大テーマをいつも掲げていれば
迷うことはないだろうし
人にはマネの出来ないことができるかも知れません

この年になって思うことは
人生単調なりに幸せがある
できたことというのは多分数える程度でしょう

今日はこれで終わります

2010年7月7日水曜日

覗いてみよう

うまいものが食べたい、また綺麗な空気が吸いたい
そんな時は外に出よう
欲求は家の中にいたのでは叶えられないのだから

今日は紀伝体でお送りします

家の近くは食べ物屋と美容室で大体埋め尽くされると言っても過言ではない
この街も激しい時代の淘汰を受けた
ゲームセンターはなくなりレンタルビデオ店もなくなり
そして写真屋も近くはなくなりつつある

そりゃ自宅でゲーセンと遜色ないゲームが出来
ネットでDVDもレンタルもでき
写真もデジカメで家でプリントできる時代
これから先
何かが生まれなければ淘汰され続けるのは必死である
ちなみに最近はお母さんにバリカンで頭を刈ってもらっている

さて一番この界隈でうまいもの、基
売れているものは300円の唐揚げ弁当かも知れない
うどんなどのお年寄りにも安心出来るものもいいかも知れないけれど
安くてボリュームのあるものに皆食指を伸ばしている

家で出している700円の定食は贅沢という少し辛辣な声を聞く
回転を考えるのなら値段は下げるに越したことはないのだが

ディスカウントは俗に言うデスカウントという
余程の大手ではない限り価格で勝負というのは今は避けたほうがいいのかも知れない
冷凍やインスタントのスープを解凍したり
出来合いのものを保存しておくなど方法はいくらでもあるけれどね

さて、食生活を大きく変えてしまったのは
24時間営業の大型スーパーマーケットだと思うのだがこれは次回に続くのだ

2010年7月5日月曜日

設計2

自分は一日大体二回睡眠を取ります
その回によりまちまちですが鮮明な夢をみることがあります
大体現実の裏側を見るような夢で
多分他人に話しても妄想や空想と邪険されそうですが
自分は立派な真実と捉えています

そもそも夢がなぜこんなにも重要な位置を占めているのか
ぶっちゃけこの世の中は夢の一部分が具現化しているようなものだからです

夢を描けない見れないという人はきっと現実がそんなに楽しくはないでしょう
あくまで私見ですが

この世は自分たちの空想の産物なら
イデオロギーだって幸せだって変えることができるはずです

特に夢はイメージと密接な関係があって
イメージをするということは夢をみると言っても過言ではないのかも知れません

真実とは夢以前の問題であって
きっと心のなかに存在するのでしょう

2010年7月2日金曜日

散文

ノートをとる場合
アルファベットや数字は結構いろいろなところでつぶしが効きます
もともと発音記号のアルファベット
状態を表す記号数字

特に数字には色々とお世話になっています
どこで一番見かけるかといえば時計盤ですね

最近では化学式に少しだけ興味があります
数字やアルファベットでは表現できない物質の状態
漢字とは違うパーツを組み合わせる面白さ

それを考えるならハングルに似た部分があるのかなと思います

言葉や記号を作ったのはきっと昔の人が不便になるように考え
必要以上に壁を作らなかった社会と決別したかのようです
あくまで私見ですが

そろそろ自分の中で集大成のようなものが少しづつ湧き出ているのですが
これは衝動として今はとっておくのが吉かもしれません