2011年10月23日日曜日

抽象

多分何かの錯覚かもしれません
街を歩いても家にいても母に囲まれている
この母というのがまた曲者で
そういうふうに感じる人が大勢いるのです

街を歩いても出てくる人の30%はそんな感じ

まぁぶっちゃけ妄想で片付けていいんですが
僕は何人の母親のもとに生まれたのだろう

この難題につい最近答えが出つつあります

江戸時代にあった組織
大奥
御存知の通り今ドラマで創始者江のドラマをやっています
前には最後の姫、天璋院のドラマもやっていたと思います

これってどこかで見たことあるような組織だな
女だらけでしかも春日局まで居るよ

この他にもAKBの公式ライバル乃木坂にも同じような錯覚を覚えます

ま、ぶっちゃけ言うなら江から天璋院までの集大成ってなんだろう
その形があるとしたら。。。
そしてその後にも何かがあるはずだ
母親の力って水のようで
掴めそうで掴めない
抗うのなら波のように連れ去られる
これって海原のようだ
その愛情も深海のように深く自分では推し量れない
なんだか少しコンプレックス気味ですが
いい年してこんな感じだから
未だに彼女もできないんだろうな
ま、気楽でいいんだけれど(爆)

とにかく母親達との距離感を最近模索しています

視聴率

テレビには御存知の通り視聴率があります
これをスポンサーは参考に予算を組むのでしょう

このブログにもカウンターのようなものがあります
これを参考にと言いたいのですが
あまり数字ばかりを気にすると
自分のやりたいこと書きたいことが朧気になります

これってジャーナリズムに通じる心だと思うのですよ
メディアの意思と言うか
スポンサーの意思など知ったことではないのかもしれません

とりあえず文章だけでも退屈しないブログを目指すことですね
極力と言うかほとんどこのブログでは写真を扱いません
原因は疲れなのですが
長く続けるためにはなるべく独自の路線を保っていこうかなと

後は豆に更新できることが出来れば御の字ですね
信頼ってこういうところから生まれてくるもので
不定期で質の高い記事も信頼できますが
いつでも気軽に読めるブログも必要かと
しかし長きにわたるブロガー生活で身も心もスカスカになってしまいました
書くことももう一巡して頭は真っ白

一度最初から何かを見直す時期に入っているのかもしれません

2011年10月19日水曜日

何となく思うことを書いてみようと思います
昔はそう感じたことはなかったのですが
家族との結びつきが最近変わって来ました
というより距離ですね
仕事や仲間、その他の付き合いも大事ですが
まず最初に家族ありきだなと

お爺ちゃんお婆ちゃんもいつまでも生きている年齢ではなくなりました
家庭を持つことを考えているわけではありませんが
安心した姿を最後に見せてあげたいなと

今漠然と家族のあり方を模索しています

大きな家族の中にいるのか
自分の家内だけを含めた家族構成になるのか
どちらになるのかはわかりません

しかし、もうこういうことを念頭に置く時期になったんだなとしみじみ時の流れを感じております

一時期自分が子供を持ったらどんな子供だろうな、
あぁ優秀であってほしいなだとか
あまりいて欲しくないなだとか
複雑な感情が交錯した時期もありました

今思うことは一人で孤独を楽しむより
ある程度の人達に囲まれて大変な思いをしたほうがいい

しかし、そもそも子供を残すことを絶対に考える必要はありません
釈迦もそういう言葉を残しています
そういう人に限って近くに・・・ね

2011年10月17日月曜日

何となく

削って入れてまた削る
これ勉強の掟

肉食系、草食系
君はどっち
あ~ら残念僕はミルク系

ぼちぼちエンジンを掛けていきたいと思います
今日は何となく思うことです
不便でもないましてやどうするわけでもないそんな中途半端なこと

ゲーム機
エックスボックス
最初は意気揚々とプレーしていましたが
新作を買うペースががくっと落ちてしまいました
何故かシリーズ物ばかりに目が行くようになってしまい
既にお腹いっぱい状態
相変わらずZ指定のゲームにはあまり食指が伸びず
あまりつべこべ言いたくはありませんがゲーム脳が与える社会って結構問題かと思われるのです
これも今の世相を反映してるんだろうな
今はおとなしく別のやることを探しています

読書
最低限新聞の拾い読みくらいはしようかと思っています
頭という物は鍛え続けないといつのまにやら鈍ってしまうもので
読書の与える影響というものは最もたるものでしょう
高校くらいの基礎知識は常時装備しておきたいですね

買い物
お腹が空いたときは近くのコンビニでインスタントを買っていますが
やはり周りの目が厳しい
こんなに体にわるいものをたくさん買い占めるなら
速く彼女でも作ってて料理でも作ってもらいなよ
という視線をバリバリ感じる(自意識過剰)
とりあえず面倒臭いんです
とは家財布にもやさしく体にも優しくなれば
自炊するしか無く
趣味で料理を始めるのもいいのかもしれません

テレビ
今回のメインテーマ
親父はよくテレビを付けたがりますが正直今のテレビに期待することは殆どありません
ハイビジョンになってスポーツ中継が良くなったくらい
あっ囲碁盤と将棋盤がクリアーになってなお良い感じ
とにかく今更語ることはないでしょうテレビの弊害は

ざっと振り返ると
無駄なものや他人との関わりで解決する問題など
一筋縄には行かないことばかりなんですよね
だから人生は面白くまた平坦ではなく
一つの世界を知ればまた次の発見があり
また既存の世界にも光があたったりと。。。

アイデア

自分はメモ魔です
暇な時はどこでもアイデアを書き留める体制を作っています
自宅ではほとんどそういう行為をせず
外出先でボーとしているときにノートを書いています

以前のブログでちらほら公開していましたが
そういう直接的なことはせず今日は楽器について
未来の楽器はこんなものだなという自分の考えを述べたいと思います

指揮者ってなんだろう?
こう書くと様々な答えが返ってくると思います
前に親父に指揮者ってミキサーみたいな役割だよねというと
もっと複雑なものなんだよ
感情を込めたり
コンダクターという方がしっくり来るねと

でも自分なりに解釈すると音の強弱をつけたりバランスを取ったり
そんな楽器がダイレクトに欲しいと思う

今日はノートは公開しませんが
ギターのネックが2つあり
指板には様々な楽器につながるフェーダーのようなものがついていて
真ん中にはスイッチやツマミ類がたくさんついて
ネックの上げ下げで音の合成具合を調節できる
直接音を出さないこういう楽器はどうでしょう
って自分で図に書いて考えてるうちにこれって前に紹介した上に
すごく難しそう

音楽をやってる人はわかると思いますが
音源や楽器を揃えてくるうちに段々いいミキサーが欲しくなるんですよね
究極の最後はでっかいデジミキに囲まれて終わるという

これはまだまだミキサーと指揮者の勉強不足のようです

つぎに紹介するのはノイズという楽器
楽器とはいっても
ヘルメットです
目の部分には覆う部分があり
脳波に依って様々な低周波の音と光が出ます

これは何なんだということですよ
エレキが女性の金切り声だとしたら
このノイズという楽器は一般の人達のざわめきや拍手です
それをシュミレートするとこういう形を連想しました
演奏と言うより鑑賞に近いかもしれません
人によればそこにいるだけで身が引き締まる人がいるように

バンドに一人か二人こういう何もしない人間がいたら
また未来のバンドも変わるのかな~と
更に進んで今度はアトモスフェアー
これは・・・

2011年10月16日日曜日

怪童を逝く

ほら第一投目はガーターだ、その次ストライクでスペアなのだ
やはり一発目で決めるほうが人生はうまく回るのだ

そんなことよりクラウドのミュージックプレイヤーどこか出してくれよ
ヒュンダイ?いやサムスン、台湾あたりの新興メーカーで

今日もやりたい放題でお送りします

いや、最近何にはまってるのと聞かれると
別に
とかしか答えはないんだよね
あぁ最近アバクロンビーフィッチのパーカー買って
あまりのデザインの良さに萌えてしまったくらい

街に散歩に出かけても
食指が伸びる何かが欲しい
そうそう
最近うつ傾向から少し光明が差してきたような気がするから
デイサービスのスケジュールを変えてみました

なんにせよ
リハビリテーションの時期なんだよなぁ
とひしひし感じております

音楽プレーヤーはiPhoneとWalkman
しかしほとんどは
インターネット端末で見るYouTube
こっちのほうがなまじライブラリが充実しているもんね

趣味はとにかく物事をする楽しさを覚えさせます
楽しいという感覚は実はどんな分野においても大切で通用します
自分が気持ちいいと思うことを信じたほうがいい
そしてそれに美しさが伴えば尚いい

そうそう最近のテレビゲームは本当にリアルで
サッカーのゲームやってるうちに何となくセンスが身についちゃったよ(嘘)

零と無限の科学

ゼロと無限、皆さんに馴染みの深いものってどちらでしょうね
自分は限りなくゼロに近い人間です
どう説明したらいいのかわかりませんが
物事を収束的収束的に考えています

よくゼロと無限の説明に使いたいのが将棋と囲碁です
将棋は相手の玉を追い詰めるのが本筋です
要はだんだん小さくしていく
ゼロに近づく

囲碁は無限に近い囲碁盤に着想を持って自由に陣を取っていく
最後は収束しますが中盤になると無限のように指し手が増えます


無限の概念はおそらく自分にはないのでしょう
考えてみたところで想像だにできません

一方でゼロ
要は無に近いこと
ブラックホールなどの特異点などがまさにあたると思います

ここで注意したいのが今まで使っているこの0です
この数字は自分なりの見解では空位にあたると思います

よく0はお化けみたいだとか言われますが本当の形ではないのです

とにかく数字にはなにか始まりがあって良い
そして終わりの数字も存在する
そんな漠然とした思いからであったのが零と無限です
後々語りたいのが
無限と無限大の違いなど
特異点と小数点の違い
突き詰めるのならこれらは全くの別物で
その先にまだ見たことのない世界が広がっているのかもしれません

2011年10月12日水曜日

水曜日

いや暑いですね
今日は外に出てやけに日差しを感じました
気候も一巡してもう10月の半ば
今年をそろそろ振り返る時期かもしれません

今年は忍耐の年だということで腹は括っていました
しかし想像以上にに世間の風は厳しかったです
人間関係の帳尻ばかりを気にしていました

出会いもぼちぼちありました
多分一生ものに近いでしょう


何もかもを見渡してみると最後は自分との対峙なんですよね
自分のどす黒い病巣が次第にはっきりしてきて
やっぱり重症だったんだなと思う次第です

この世は理不尽な事だらけですが必要以上に考えすぎないようにしています
いつまでも解決に至ることはないですからね

少し抽象的でしたがこれって結構みんなが少なからず当てはめられることなのかもしれません

2011年10月10日月曜日

鏡の世界

30年以上生きて思うことすなわち漠然と思うこと
世界は自分の思い次第でどんな形にも変わること
こんなもんだろう
こんなものでいいはずだ
即ち可能性の根絶で自分の人生はできていたなと

もちろん自分だけの責任でもありませんし
他人はもっとオープンで然るべきです

どこまで行っても結局虚しいという気持ちは付き纏います
他人を変えることなどできません

ただ自分の世界を見る姿勢だけは存分に改善の余地があるから
今でも進んで行けるのです。

2011年10月6日木曜日

アップル

スティーブ・ジョブズ氏死去
今朝飛び込んできたニュースです
PCのことを少しでも知ってるいるのなら誰でも聞いたことのある名前でしょう
個人的にはあぁ時代が変わりつつあるのかと同時に早過ぎる死だ、誰が後釜に座るんだろう

という不安や時の流れを実感しています

昔まではMacも使っていましたが
今はウィンドウズマシンやiPhoneが主流です
アンドロイドタブレットもちらほら使い始めていて
ここでは3つどもえの争いが起こっていますね
すなわちジョブズ氏が残した遺産iPhoneは一体なんなのか
これを考えなくてはいけません
Macをやめた理由の一つにアプリケーションの少なさです
ウィンドウズでは走っているソフトがマックではないことはザラで
仕事どころか趣味の領域でも結構厳しい物がありました
iPhoneはアプリの数ではアンドロイドに肉薄し
クォリティの面でも一定の水準を保っています
しっかりお金をとっていますからね

後ゲームの少なさ
Macはまさにゲームの飢餓状態でウィンドウズに比べれば壊滅状態でしょう
iPhoneはなんととても価格はリーズナブルなのに遊べるソフトが山盛りです
既存の携帯ゲーム機のようにソフトを差し替える必要性もなくいろんなソフトを持ち運べます

物理キーボードのないゲーム機はたしかに辛いです
しかしそれを有り余るものとして補わんとしているソフトの面白さ
iPhoneの勝利はまさにソフトウェアの勝利です

問題はこれからの展開ですね
正直4Sはどマイナーチェンジもいいところだと

ジョブズ氏はよくあいつは他人のアイデアを盗む天才だと言われていたとか
この際誰でもいいのでいろんな人からアイデアをパク、いや盗んで良いものを作ってもらいたいです

2011年10月5日水曜日

歴史

ブログを始めて足掛け六年以上が経とうとしています
その中で歴史を少し振り返ってみます

一番最初のブログ 究
これは完全に迷走していました
当時まだ2chの影響が濃く残っており
自分の闇の部分が出ているなと読み返して思います
なぜか、こっちのほうが一番だったという声もあり
ネガティブの中になにかひたむきなものがあったのかもしれません

そして 究&I
最初のブログと同じ事はしたくないという一心で立てました
実はここ、一番難易度が高く
イメージが固まるまで筆が進まないのです
最近停滞気味なのはやはり想像力の減退に依るものなのかな

至福
これはほんの軽いノリでポロっとできちゃったブログです
普段の生活や趣味を紹介する
ちょっと洒落たものにしようとしました
自分の中で一番お気に入りで
読み返すことはありませんが
あの描いていた時期を思い返すと
あぁ幸せだったなとしみじみ思います

楽園
これは記憶が朧気ですが
ブログを書いていて何故か自己嫌悪に陥ったのを機に
少し逃避気味に書いていました
内容は殆ど至福と変わらないのに
何故か他人の褌で相撲を取ってるかのようでしたね

とまぁ究から派生したブログは今でも生き残っています
特に原点と呼べる究は未だに荒削りで未熟だった自分が成長してゆく過程を
垣間見ることができて何が何でも最初に始めることが重要だったと気づかせてくれる第一歩です
最近の目標として
2日に一回はどこかのブログを更新するというノルマを立てているのですが
最近の読み手さんも玄人が多く内野安打はおろかファインプレーにネタが狭まられている感覚ですね